第127話・春神

 一方その頃、クー子は困っていた。理由は至極単純。大孁おおひるめの二人組が帰らないのである。


駆兎狐くうこ様! 大変です! 異常気象が起こっています! この季節なのになぜか稲野とうの一帯が暖かくなっております! 新種の妖怪かもしれません! このまま続きますと、春の花々が起きてしまいます!』


 家守神族によるそんな通報が後をたたなくなっている。

 大抵このような通報をしてくるのは大抵、わんこやにゃんこである。変わり種も実は多く、インコや九官鳥といった鳥類も居る。そう、全てのペット達は、愛されて育つと神に至る可能性を得るのだ。


「ごめんね! 今うちに邏玉比売めぐりたまひめ様が居るの! お帰りいただくわけにも行かなくて……。明日になれば、帰ると思うから!」


 クー子は対応に追われていた。

 大孁おおひるめ神族とは、それほどまでに巨大な影響を撒き散らす神族である。とはいえ、せっかく楽しんでいる大孁の神に帰れと言う事は、クー子には不可能だった。


邏玉比売めぐりたまひめ様ですか! なら、仕方ないですね!』


 それに家守神族たちも、彼女の名前を出すとすぐに納得してくれる。

 なにせ現高天ヶ原の最高権威であるわけなのだ。それに、羽を伸ばせている大孁おおひるめの邪魔をしたいとは誰も思わなかった。


駆兎狐くうこ様! まるで春でございます!』


 一人の家守に説明をしたと思ったら、次がクー子の元に来る。


「あ、もしかしてはーちゃん?」


 ただ、次がこの一帯の家守の枝主神えのぬしかみだったのである。

 彼女は珍しく非生物出身の家守神族である。


『そのあだ名……稲野山毘売いなのやまひめ様ですね!? うぅ……一応威厳ある神で通ってるのに……』


 彼女は柱千葉之守神はしらちばのもりかみ。家を支える柱に宿った付喪神が、家守神族となった神である。下級の妖怪なら歯牙にもかけず駆逐する、この地方の家守神族のエースだ。


「あ、そっか! 枝主神えのぬしかみだもんね! ごめんごめん」


 といってもクー子はそのあだ名を聞いたがわ。あまり責めれられるべき立場ではないのである。


駆兎狐くうこ様が悪いんじゃありません! 稲野山毘売いなのやまひめ様が悪いんです!』


 彼女も家守神族の中では特に古いほうだ。従って稲野山毘売いなのやまひめとも、少なからず関係を持っていた。


「あ、そうそう私もだし、意外とみんなあだ名あるよ! 私はクー子! んで邏玉比売めぐりたまひめ様は、天照あまてらす様にめぐちゃんって呼ばれてた!」


 クー子はいたって善意で話している。柱千葉之守神はしらちばのもりかみことはーちゃんの名誉を回復しようと考えているのだ。


『え!? 意外とみんなあるんですね! というか邏玉比売めぐりたまひめ様!? もしかして今、異常に暖かいのは……』


 クー子は今日、この説明をもう何度もしている。

 だが一日くらいなら大丈夫なのだ。すぐに寒くなれば、桜が真冬に咲いてしまうこともないのである。


「そうそう、邏玉比売めぐりたまひめ様が今うちにいるの! だから、ちょっとあったかすぎるかもだけど我慢してね……」


 だが、このはーちゃんにクー子が説明をするのは、合理的だ。


『なるほど、事情は理解したので、まとめ役としてみんなには話しておきますね!』


 なにせ、はーちゃんは一帯のまとめ役。家守の連絡網の中心にいるのである。

 彼女は南部曲り屋という文化財の柱の化身である。そして、幽世かくりよを持つ神であり、稲野の家守は時折そこに集まるのだ。

 だから、彼女の幽世かくりよは時折もふもふパラダイスになってしまったりもするのである。


「よろしくねー!」


 その後、クー子の元へ家守神族からの連絡はぱったりと途絶えた。

 代わりに、人間が異常気象として気にして、クー子の社を訪れたのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クー子の社は超マイナーである。人間たちにとっての知名度は無に等しい。それを知るうちのひとりは人類最強陰陽師、はるである。

 彼女は鳥居の端をとおり、二礼二拍手一礼をしてクー子を参拝する。


けまくもかしこき、稲荷駆兎狐神いなりくうこのかみ大前おおまえにに、かしこかしこみもうもうさく。御魂みたまあつひろきき、恩頼ふゆよりて……」


 それは流石に陰陽師。ガチ参拝であった。

 ただ、その祝詞は長いのである。ここまでは前置きなのだ。最初にクー子を讃え、そしていつもご利益をありがとうとお礼を言っている段階。ここから、祈願の内容を述べつらう段階になる。

 他人行儀すぎて聞いてて悲しくなるクー子は、はる幽世かくりよに引きずり込んだ。


「もう! はるちゃん! 私悲しいよ! もっと気軽に参拝してよ!」


 なにせ、はるの場合は、実際にそこを守護している神と面識がある。


「いや、だってクー子さんは神じゃん!」


 とはいえ、陽のこれも仕方がない。前世は神職だったのだ。神社に参拝するときはこれが習慣として染み付いている。

 なんだったら、禁止されなければ今も敬語だっただろう……。


「まぁ、そうなんだけどさ……。あ、そういえば正式な名前教えてなかったね……」


 と、そこまで言ってクー子は口をつぐんでしまった。


「いや、教えてくれよ!」


 しびれを切らしたはるは、クー子にそうせっついた。


「やだ!」


 子供のように固辞するクー子。


「なんで!?」


 これからもガチ参拝をしたい陽の望みと真っ向からぶつかった。


「だって、教えたらそっちしか呼んでくれなくなるかもだし……」


 それは、あまりに他人行儀だ。だからこれからもクー子と呼んで欲しい。そんな風に思ったのである。


「これからも、クー子さんって呼ぶから! ほら、えべっさんのノリで……」


 関西の人々は蛭子ひるこのことを、えべっさんと呼ぶ。本人も親しまれることを良しと思っているため、神はこれを快く受け入れている。陽は、そんな親しみをクー子に対して表現するつもりだ。


「んーじゃあ……。稲荷駆兎狐毘売神いなりかけうさのきつねひめかみ……」


 こうして、人類は初めてクー子の神としての正式名称を知ることになった。


「掛けまくも畏き……」


 はる祝詞のりとを始めようとする。


「やめて!」


 クー子は、それを阻止したのである。チベットスナギツネのような顔で。

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