第125話・弥弥

 そもそもが術式マニアのクー子にとって、それは楽しい時間であった。

 思兼おもいかねと二人、術式について語らい合う。それは、クー子の研究者的な気質を満足させていた。


「とりあえずは、黒化ニグレド白化アルベドの共存が赤化ルベドだと思うんですよ。でも、それってどう考えても数多の道じゃないですか? なんか、できる気がしなくて……」


 そしてもし、荒御魂あらみたまが荒ぶる理由を完全に理解でれば、無限の神通力供給層装置になることができる。黒化ニグレドの力で荒御魂あらたみたまから神通力を奪い、それを変換して白化アルベドで他の神に与えられる気がしていた。

 それこそ完全な術だ。クー子は最後の姿はそれなのだと思っていた。


「クー子、急ぎすぎです。いきなり完成とはなりませんでしょう……。とにかく、弄りまわすのが大事です。確か、近年の人の子は、トライアンドエラーなんて言ってましたね! まずは、姿を変えることを考えてみませんか?」


 結論を急ぐクー子を思兼おもいかねが引き止める。そうして、答えをゆっくりと求めていった。


「姿……えっと……、防御してくださいね!」


 これでクー子は、普通の屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスを使ったことがない。基礎をおろそかにしたまま、応用ばかりを考えていたのである。


「もちろん! 高天ヶ原たかまがはら一の術師、舐めないでいただきたい!」


 神々の中で最も術に長けるのが、思兼おもいかねである。


「行きますよ! イヤ屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス!」


 クー子の姿が真っ黒に変わる。それは、なんの変哲もない屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスの姿だった。


「なにか分かりましたか?」


 思兼おもいかねは訊ねる。彼の結界は、宇迦之御魂うかのみたまの出力でクー子を超える技術が使われていた。


「えっと、考えてみればそりゃそうだって話ですよね……。輪郭が、曖昧なのかなって」


 それは無限に力を取り込むためにわざと曖昧にされていたのだ。

 研究、それは地道なトライアンドエラーの連続である。既知の知識でもうっかり見落としたり、あるいはよく知っていると思われるものも完全な理解に至っていなかったりする。


「うーん……輪郭を作れば制御が出来ると思うのですが……」


 思兼おもいかねでも、わざと輪郭を壊す術に再び輪郭をつける方法が思いつかない。


「あ、あえて一部だけにするとか!? ……あ」


 発言をしながらクー子は気づいた。それができれば赤化ルベドもできるのである。元の自分を残しながら、心の一部だけを諦観ていかん※あきらめに染め上げるのであるから。

 だが、誰も気づいていなかったのである。既にそれを構成するためのパーツは与えられていたのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 結局研究はそれ以上進展せず、クー子達は殺生石せっしょうせきを出た。

 そこでは、邏玉比売めぐりたまひめ渡芽わための後ろに付いて術を教えていた。


「そうそう! そんな感じで……あ、ちゃんとありとあらゆるものを味方と思ってね! はい、イヤ嘲外巣アザトース!」


 渡芽わため邏玉比売めぐりたまひめに言われるままに言った。


イヤ嘲外巣アザトース!」


 真っ黒な小さな結界が現れ、その結界の外殻はふつふつと泡立っていた。

 ただ、それはとても小さな結界だった。半径1メートルにも満たない小さな破滅の世界。それを作っているのは渡芽わため自身である。


「上手! とっても上手よ!」


 邏玉比売めぐりたまひめは飛び跳ねながら褒める。


「クルムちゃん、すごい! 世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみの最年少記録だよ!」


 とあけびも褒めていた。


「何を教えているんですかー!!??」


 クー子は思わず咆吼した。


「ごめんなさい、クー子様止められませんでした……」

「同じくです……」


 蛍丸とみゃーこは渡芽わため嘲外巣アザトースを教わろうとするのを止めようとしたのである。

 だが、丸め込まれてしまったのだ。


 用いた理論は、慣例かんれい。正三位以下でこの術に触れた神はいないという理論。だが、大孁おおひるめの二人組はこう返した。“渡芽わためちゃんは実質大孁おおひるめなのだから、神階は超越していると考えていい。つまり、正三位なんてとっくに超えている”。厄介なのが、これが全く間違いでないことである。日司ひのつかさに任命された時点で、渡芽わためは神階を与えられる側の立場でなくなっているのだ。


「あ、クー子ちゃん! 見て、渡芽わためちゃんとっても筋がいいのよ!」


 性格的には悪くない神である。ただ、現状の高天ヶ原たかまがはらの最高権威。つまり、邏玉比売めぐりたまひめ高天ヶ原たかまがはら一の世間知らずである。

 そんな話をしていたら、渡芽わためが術を解いて元の姿に戻った。

 ただ、とても疲れた様子を見せていたのである。


邏玉めぐりたま……これ……疲れる……」


 その口調からして、渡芽わためはどうやら邏玉比売めぐりたまひめと打ち解けているようだった。


「疲れちゃうねー! じゃあ、はい! この丸薬は、やっくん謹製だよ!」


 邏玉比売めぐりたまひめの言うやっくんとは薬師如来である。それは安全な栄養剤なので、クー子は触れなかった。だが……。


「なんでクルムに嘲外巣アザトースを教えてるんですか!?」


 それは、あまりに早すぎたのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る