第123話・威厳が滅んだ日

 次の日、クー子が目を覚ますと縁側から暖かさを感じた。

 冬である。稲野の中でも秘境に存在するクー子の社は、雪に閉ざされるのが常。だが、その朝は社の周りだけ雪が溶けていたのだ。

 そんな縁側にクー子が急ぐと、大孁おおひるめの主神、邏玉比売めぐりたまひめが座っていたのである。


「おはよう、クー子ちゃん! 渡芽わためちゃんは目覚めちゃったみたいね? あのね、聞いて欲しいの。渡芽わためちゃんは全なる道って噂を聞いたから、傷は最終的には消えるって伝えに来たの!」

「伝えに来たの!」


 と得意げに、あけびとともにフンスと息を吐きながら言った。


「おはようございます。それと、ありがとうございます……。でも、実は天照あまてらす様から、その旨お手紙もらいまして……」


 クー子が答えた途端、邏玉比売めぐりたまひめは涙目になった。

 めぐり合わせがとことん悪い神である。


「えー!? 知ってたの!? 天照あまてらす様ひどい!」


 やはり、偉い神は威厳に親でも殺されているのだ。邏玉比売めぐりたまひめも例外ではなく、その威厳が消え失せることとなった。

 あれほど神秘的に思えたにも関わらず。居るだけで、その場に春をもたらしてしまうにも関わらず。


「待ってください。クー子、今なんといいましたか!?」


 何故かいつも神より耳ざといコマ。というより、神々がのんびりしすぎなのである。邏玉比売めぐりたまひめも例外ではなく、あけびにサポートされていた。


「えっと……天照あまてらす様から、その旨お手紙もらいまして……?」


 それのことかと、クー子は首をかしげながら訊ねた。


「それは! 天照様はまだ和魂でらっしゃるのですか!?」


 それは、大孁おおひるめ神族にとって最も大きな報せであった。

 大孁は、叶うならば太陽を奉還したい。天照大神あまてらすおおみかみこそ、正統なる日司ひのつかさである。

 それは万世一系を超えた万世一人であり、象徴としてずっとそこに在って欲しいと願わずにいられないものである。


「はい、間違いなくそうなのでしょうと……素戔嗚すさのお様が……」


 クー子が答えた折、一気にそこに混沌が舞い降りた。


「クー子さん、説明変わりましょうか?」


 いつの間にやら、思兼おもいかねはクー子の幽世かくりよを訪れていた。


「ねぇ、忘れられてないかしら?」


 と、邏玉比売めぐりたまひめ。すっかりあけびと一対一で話してしまい放置気味だったのだ。


「朝ごはんのご用意を……しておきますので、どうぞごゆっくり」


 起き出してきた蛍丸。この日は約束があった……一緒に料理をすると。

 別になんということはない、日常の中の約束であり、特に意味のあるものではなかった。


「クー子さん、行かれては? こちらは、私が説明を買いましょう!」


 と、思兼おもいかねは言ってくれたのである。約束を果たせるから、クー子にとって嬉しかったのである。


「じゃあ、お願いします!」


 そう言って、クー子は台所へと向かった。


「私、大孁おおひるめの主神なのに……」


 そんな愚痴をこぼす邏玉比売めぐりたまひめあけびがなだめてから、思兼おもいかねが手紙のことを説明した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 朝食のができ、クー子のコマたちも身支度を終えて食卓に来る。

 そして、思兼おもいかねも、大孁おおひるめの二人組すら席に着いていた。しかし、何故か邏玉比売めぐりたまひめは意気消沈したような面持ちだった。


「おはようございます!」

「おはよ……」


 コマ二人組はクー子に手を上げて挨拶をする。みゃーこが何故かケモ度高めだ。


「おはよう! みゃーこどうしたの? ちゃんと人化できてないよ?」


 気になることはあっちにもこっちにも。クー子は忙しかった。


「おはようございます、お二人共! みゃーこ、はいどうぞ!」


 そう言って、蛍丸は鏡を差し出した。

 地味に……おしゃれにも目覚めつつあるのだ。だから、鏡を普段持っている。やはり、女の子なのである。ただし、鎌倉時代生まれの……。


「わわ!? お狐こんこん! 人になーれ!」


 みゃーこは人化をかけ直した。今はむしろ直さなかったほうがよかったのではとクー子は思う。なにせ、顔が真っ赤なのがバレバレである。


「初めて見た……」


 渡芽わためはみゃーこがドジを踏むのが初めてで、少し心配そうに顔を伺う。

 その渡芽わためは、ケモ度高めで居る時が多い。人に化けるというのは、最も得意である。なにせ、元の姿にもどるだけだ。よって渡芽わための場合、人間嫌い故である。


「それじゃあ、とりあえずみんなで食べましょう! いただきます!」

「「「いただきます」」」


 クー子が号令をかけて、それに全員が続いた。

 そして、クー子はようやく二つ目の疑問に取り掛かれる。


邏玉比売めぐりたまひめ様。どうしたんですか? すっごく浮かない顔ですけど……」


 と、クー子が心配して尋ねると、邏玉比売めぐりたまひめは泣き出してしまった。


「クー子ちゃあああん! 天照あまてらす様に嫌われちゃってるのよぉぉぉぉ!」


 と、大号泣なもので、クー子は思兼おもいかねあけびに目線で助けを求めた。

 少しため息を吐いて、思兼おもいかねが解説を始める。


「手紙に追記されていたのですよ。『めぐちゃん! 根の国には絶対に来ないでね!』と……。要するに死なないでということだと、私は思ってるんですけどね」


 一瞬、思兼おもいかねがまるっきり女性の声を出した。


「天照さまああああああ!」


 邏玉めぐりたまの反応で察する。それが天照大神あまてらすおおみかみの声真似であると。そして、かなりクォリティが高いのだと……。


「威厳……滅びた……」


 渡芽わためは思った。威厳を保てる存在など、在りはしないのだと。威厳など絶滅したのだ。この世のどこに行こうと、もう見つけることはかなわないと。


邏玉めぐりたま様、きっと思兼おもいかね様の言うとおりですよ……」


 あけびも若干呆れていた。自分の主神に……。


「ところで、思兼おもいかね様は、なんでここへ?」


 クー子は、このままでは話が進まないと思った。そこで、疑問をぶつけたのである。


「私は、クー子さんと一緒に世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみを研究したいと思いまして。改造したと聞きました! そこで私です。劣化版ですが、全ての世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみが使えますからね!」


 思兼おもいかねのおかしなところはそこだ。既存の術で使えないものはないと考えておいたほうがいい。

 実際は使えないものがいくつかある。全て天御中主あめのみなかぬしの術である。


「使えるんですか!?」


 思兼おもいかねのルールブレイカーっぷりに驚いたクー子であった。

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