第122話・アルベド

宇迦うか様の屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス、あいかわらず怖いねぇ……」


 宇迦之御魂うかのみたま天棚機姫あまたなばたひめの体を取りにいなくなったとき、葛の葉くずのはが言った。


「いや本当です……稲荷最強ですからね」


 屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスは基本的に制限時間がある力だ。和魂にぎたまから神通力の供給を受けられれば、その時間は伸ばせる。だが、荒御魂の力を吸収しつつ屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスを展開する場合はどうしたって制限時間が克服できていない。

 荒御魂の神通力は肉体を破壊する。そんな神通力を吸収するのだ。やがて苦痛に耐えられなくなり、術を解かざるを得なくなる。

 玉藻前たまものまえは震えていた。直接吸収の対象にされていなかったのに、かなりの力を吸収されてしまったのだ。


「あれが……」


 クー子は使ったことがなかったのである。術式自体は知っていた、正三位以上の神はこれらの術を知る知る必要がある。それは、荒御魂と戦うためである。

 これら、邪神として描かれる力を総じて、世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみと呼ぶ。


「何……あれ……」


 おぞましかった、渡芽わためにとっても慣れ親しんだ神の一部が、名状しがたき変貌を遂げた。


「クー子様もあのようになってしまうのですか!?」


 みゃーこは怖かった。外見からして、リスクがあるように感じられた。耐えられたのは宇迦之御魂うかのみたまだからだと……。


玉藻前たまものまえ様!」


 みゃーこの言葉で美野里狐みのりこは気づいてしまう。玉藻前たまものまえも、その力を持っている可能性が高いのだと。

 恐ろしくなって、美野里狐みのりこ玉藻前たまものまえに飛びついた。


美野里狐みのりこ……。大丈夫。あぁ、話してなかったですね。クー子様も?」


 そういえばと、玉藻前たまものまえは思い出した。


「うん……。私、使ったことすらないし」


 クー子のそれは当然だった。使われるのは、主に一級事変以上の大事である。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……というわけで、和魂相手だと全く危険もなく使える力です! 使う機会はないんだけどね!」


 玉藻前たまものまえが説明をちょうど終えた時、宇迦之御魂うかのみたまは折良く戻ってきたのである。


「なんだい!? 屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスの事言ってなかったのか? そりゃ心配かけたね! ピンピンしてるよ!」


 力は恐ろしい姿をしていればしているほど、リスクが大きいものが多い。中でも、自らの姿を恐ろしいものに変貌させるのは、単純な変化ですら僅かにリスクがある。


宇迦うか様……」


 渡芽わため宇迦之御魂うかのみたまを心配そうな目で見つめる。


「大丈夫さ! ちょっとばかり疲れたけどね……」


 ただ、やはり腐っても屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス。消耗はほかの術と比較にならない。普通に触れたならこんなことをしなくて済んだのである。


「ところで、付喪神にはないのでしょうか? 世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみの力」


 蛍丸は訊ねた。様々な神族の世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみの話は出たが、そこに付喪神と家守神族の話だけはなかった。


「あぁ、付喪神だけは別なんだよ。別天神々ことあまつかみがみを呼び出す力になると思われてるよ! 天沼矛が呪われてから少しづつ、別天の神様は高天ヶ原にお越しにならなくなったからね」


 宇迦之御魂うかのみたまですら、恐れ多さを感じる神々。それが、宇宙創造の別天神ことあまつかみである。

 そんな別天神ことあまつかみが現れなくなった理由は、諸説有りだ。根の国が地獄と化したからか、天沼矛あめのぬぼこが呪われたからか……。情報は錯綜していた。


「それは……」


 蛍丸はその、大きすぎる力に驚愕する。

 別天ことあまつあるじ天御中主あめのみなかぬしは神理の王。神が力を得ていくルールすら彼が定めたものである。神々はその理の中で世界の理を作ったに過ぎないのである。


「目指しちゃう?」


 もし、それが再度高天ヶ原たかまがはらを訪れるようになれば、それこそ全知全能の八栄やはえはすぐそこだ。

 クー子は神々の夢に憧憬を禁じ得なかった。


「い、いえ! そんな、あまりに……」


 流石にそこまで行けることはないだろうと、蛍丸は固辞する。


「いんや、全然ありえる話だよ! それよりクー子、そこで伸びてる天棚機姫あまたなばたひめをこの体にぶち込めないかい?」


 目下の問題はそれである。体に戻れば、力も大部分が戻るはず。今の状況は割と過酷であるはずなのだ。だから、宇迦之御魂うかのみたまはクー子に訊ねた。


「んー」


 クー子は考え始めた。屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスが魂に干渉できたことを主軸に。


「流石に無理があるかと……」


 玉藻前たまものまえはいくらクー子でもと、苦笑いを浮かべる。


「あ、行けるかもです!」


 なんて、クー子が思いつくもので玉藻前たまものまえは飛び上がってしまう。


「行けちゃうんですか!?」

「うん、えっと……念のため、結界お願いします!」


 と、周囲に声をかけた。即興のカスタマイズ屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスを思いついたのである。


「はいよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまが結界を張る。クー子の結界とは別の強固さだ。

 クー子の結界は少ない材料でどうにかこうにか強度を出そうとする工夫の産物。対して宇迦之御魂うかのみたまの結界は、果てしなく分厚い鉄板のようなものである。


白化アルベド屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス


 錬金術の術式を用いて、反転効果を無理やり付与する。

 クー子の神通力が周囲にあふれて草木が生い茂った。尻尾は無数の白い触手へと変貌し、無差別に息吹を与える。


「うそぉ!!??」


 玉藻前たまものまえは驚愕した。

 そしてクー子はその触手で、肉体に魂を入れ直したあと直ぐにうずくまってしまったのである。


「はぁ……はぁ……これ、要改良だなぁ……」


 神通力の消費が凄まじかったのである。まるで、息を止めたまま全力疾走をしたようだった。


「悪かったね、相当疲れる術を使わせたみたいだね……」


 宇迦之御魂うかのみたまは申し訳なくなってしまった。だが、クー子は前向きである。


「いえ、いろいろ弄りまわせそうです……」


 クー子の新しい研究テーマが幕を開けた。世喰外巣之天津神よぐそとすのあまつかみの改造だ。


「クーちゃん……」


 そんなクー子を葛の葉くずのはが化物を見るような目で見ていた。

 その後いろいろあって、ようやくクー子は家路に着く。帰って、泥のように眠ったのである。

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