第121話・暴走織姫

 放送後、宇迦之御魂うかのみたまはクー子たち稲荷を社に送ろうとしていた。


「クー子様、またお会いしましょうね!」


 神々にとっては短いスパンで、クー子と玉藻前たまものまえは会っている。よって、別れは特に惜しくもない。


「是非とも行かないでください!! 美野里狐みのりこは寂しいのです!!」


 でも、狛達にとっては、それは長い期間である。

 といっても、みゃーこと美野里狐みのりこ、元妖怪組はマシだ。


「さび……しいッ!」


 さめざめと泣く渡芽わため。彼女が一番ゆっくりとした時の中を歩んでいる。なにせ最も幼いのである。

 彼女にとっての時が蛞蝓なめくじだとするならクー子たちのそれは音であり、宇迦之御魂にとっては光である。中間の元妖怪組は、等身大の速度に感じるだろう。


「クルム、春になったら貴方は学校に通うんだよ。帰りはここに寄るから、毎日会えるね!」


 クー子はそう言ってどうにかなだめようとした。それにしても仲良くなって良かったと、心の中でつぶやきながら。


「クー子様、この満野狐みやこ、お迎えに行くついでに会いに参りたく!」


 とみゃーこは便乗して。


「あぁ、いつでも来るといいさ! 葛の葉くずのは、あんたもいつでも遊びにおいで! コマがいなくて寂しいだろ?」


 宇迦之御魂うかのみたまはついでと言わんばかりに葛の葉くずのはを誘う。

 そんな時のことであった、スパァンという軽快な音を立てて襖が開かれたのは。

 その襖の向こうには、体が半透明な天棚機姫あまたなばたひめが居たのである。


「おいおい、無理して入ってくるから体を外に忘れてきちまってるじゃないか!」

 クー子たちを社に送るつもりでいた宇迦之御魂うかのみたまは、驚き目を丸くする。それは、他の稲荷たちも同じだった。


 招かれなくても正一位の神なら、なんとか入ることができる。ただしその場合、魂というか意思だけの存在として入ることになる。この状態ではメッセージを伝える程度のことしかできないのである。普通であれば……。


「そんなことは構わないのでございます! それより、JK退魔師がいると耳にしたのでございますよ! あまつさえ私の神器を着ているのだと!!」


 天棚機姫あまたなばたひめの目は血走っているようにすら見えた。思念体であるから、そんなことはない。だが、そう思わせる程の迫力をまとっていたのである。

 クー子達が着ている一級品の服。その製作者こそ彼女である。普段は非常に慎ましやかで、大和撫子ここにありといった人物なのだが、趣味に走ると別人である。


宇迦うか様!」


 葛の葉くずのははそれが陽のことであると思い、そして我が子がこの勢いで突撃されることには抵抗があった。


「ほれ、そこに蛍丸がおるだろ? セーラー服はその子のものさ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはごまかすことを考えた。


「私でございますか!?」


 とばっちりを受けた蛍丸は、びっくりして宇迦之御魂うかのみたまを見た。


「ん? んんんん!!??」


 天棚機姫あまたなばたひめは蛍丸に顔を寄せ、舐め回すように観察する。

 そして、次に宇迦之御魂うかのみたまに顔を向けて言った。


「絶対に違うのでございます! いえ、彼女もとても萌え……可愛らしいのでございますが、彼女が着てもそれは作られた可愛らしさ! 本物のJK退魔師の持つ、そこでツボを外してきたか!? という意外性が、どこにもないのでございます! いえ、とても可愛らしいですよ。お持ち帰り不可避なのは確実でございます!」


 天棚機姫あまたなばたひめはそう言って、蛍丸を持ち上げたのである。


「待って!」


 クー子は止めようとした。

 だが、天棚機姫あまたなばたひめは完全に自分の世界の中。


「貴方には和装の方が似合うに決まっているのです! さぁ我が家で、いろいろと着て見せてくださいまし! 振袖が絶対に似合うのでございますよ! 鞠も持ってもらいましょうか! あぁ、構想がどんどん浮かび上がります! 正一位の服はもう、つくり飽きたのでございますよ!」


 大人系美人など、高天ヶ原たかまがはらには無数にいた。天棚機姫あまたなばたひめはむしろ今は、子供服が作りたくて仕方がないのである。それと洋服だ。

 ローマ方面への神族派遣が多かった時期は、古代の洋服をたくさん作った。だが、天棚機姫もそろそろ萌えを意識した服作りがしたい。主に改造浴衣やゴスロリが作りたいのだ。


「待て待て待て、織姫! なんで、あんただけ触れるんだい!?」


 本来思念体、物理的干渉はできないはずである。宇迦之御魂うかのみたまは、止めようと躍起になるのに天棚機姫あまたなばたひめに触れない。


「情熱でございます! 情熱があれば、魂のみによる物質干渉ができるのでございますよ!」


 神々にとっても、天棚機姫あまたなばたひめはむちゃくちゃなことをしていた。


「ほたるん……返して……」


 情にすっかり熱くなった渡芽わため天棚機姫あまたなばたひめを止めようとした。だが、それがいけなかった。


「ん? この子もとても……。お持ち帰り確定でぇ……ございますよ!」


 天棚機姫あまたなばたひめ青田刈あおたがりである。


「返してください! 私のコマなんです!」


 と、クー子は必死になんとかしようとした。


葛の葉くずのは、クー子、玉藻前たまものまえ。コマ達を全力で守りな!」


 と、宇迦之御魂神うかのみたまが言うので三人は全力で結界術を行使した。


イヤ屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス!」


 解放されたのは、稲荷の力が最大限発揮される姿。周囲にある全ては、力の全てを宇迦之御魂うかのみたまに差し出す。尾は無数の蠢く黒い触手へと姿を変えた。


 ほんの一瞬の開放だったのに、畳は朽ち果てて土となり、土は不毛の砂へと変じたのである。


 高天ヶ原たかまがはらだったからこれで済んだ。宇迦之御魂うかのみたまの周囲1メートルだけが、いきなり砂漠になったのだ。それほどの力である。


「あ……ぐふ……」


 その力をもろに受けた天棚機姫あまたなばたひめは、その砂の上に伏していた。

 腐っても主神。魂だけの状態であれど、ほんの一瞬だけ耐えることができてしまったのである。

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