第119話・高天ヶ原といえば

 高天ヶ原での放送といえばミカちゃんである。その実、宇迦之御魂うかのみたま本人であり、この類の放送ではクー子は脅される。


「こんこんにちはー! 可愛い人の子よ! 元気かえ!? マイナーお稲荷のミカちゃんじゃ!」


 実際はマイナーどころか、稲荷の代名詞である。

 高天ヶ原たかまがはらはこんな時でも平常運転。何かが出来る時は全力だが、それを遊びや別の仕事を控える理由にはならない。


 神は八百万に満たないが、そう比喩されるほどたくさんいるのだ。分業も進んでいるし、今稲荷はアレイスターの事案に尽力できない。であれば、通常運転が義務である。


「こんこんにちは……。ミカちゃん、遠慮しないね……」


 クー子はいつもながら冷や汗が止まらない。

 そして今回は、放送の参加人数が多かった。


「威厳……死んだ……」


 もはや渡芽わための持ちネタである。

 宇迦之御魂うかのみたまは縮んでいるし、のじゃロリである。生命開闢かいびゃく級おばあちゃんなのだ、ステレオタイプなのも仕方がないのである。


「こんこんにちは! 元野良のら狐! ヤコにございます!」

「こ……こんこんにちは……。ほたるんと申します……」


 みゃーこは平常運転。威厳のない主神たちにもなれていた。

 蛍丸はというと……赤面である。可愛らしい語句を、自分が並べ立てるのが恥ずかしいのである。


「ほれほれ、わたちゃんも挨拶するのじゃ! 立派な神になれぬぞよ!」


 そう言いながら、宇迦之御魂うかのみたまは膝の上に渡芽わためを招いたのである。


「ん……。わたー!」


 一瞬チベットスナギツネだった渡芽わためだが、妖術のカメラが浮かぶ方向に向けて手を挙げた。挨拶は大事である、心に染み付いていたのだ。

 礼儀というのも調和の一つの道筋である。癖をつけるか否かで、道の進み具合は大きく変わるのだ。

 急ぎ道を進むといっても、それは単に道徳を身に付けること。


マジコイキツネスキー大佐!:ケモロリ百合だと!!??

チベ★スナ:のじゃロリママ属性いいゾーこれ!

オジロスナイパー:しっかし、本当に設定が凝ってるよなぁ……。

宇迦うかちゃん★:クー子さん! 背景がもうすぐできます! ようやくデビューです!

陽:おぉ……おおおおおお

ナギちゃ★:陽さん! これどうしましょう…… どうしましょう!!??

コサック農家:ほたるんには耳は生やさねぇのかい?


 わかる人物にはわかるのである。ネットで主神に会えてしまうのだと……。

 だが、そうではない人物たちにとっては単なるケモロリ同士の組んず解れつである。恐れ多さは全くなく、可愛らしさにばかり目がゆくのである。


「あぁ、生やすのいいねぇ! 織姫に頼むか……」


 神の日常寄りな話題になって、ついつい素が出てしまった。


「う……ミカちゃん!」


 よってクー子は焦ったのである。


「あの……生やすって……?」


 そして別の意味で焦っているのが、蛍丸である。


「通称織姫様と呼ばれる神様がいらっしゃるのじゃよ! 洋服や小物は織姫様がお作りくださるのじゃ! 高天ヶ原たかまがはらの常識じゃよ!」


 ついつい、宇迦之御魂うかのみたまは早口になった。

 お稲荷さんの代名詞、宇迦之御魂うかのみたまは上位の神である。カバラを用いて説明した時に、セフィロトの木に描かれるセフィラと言う階級。そこに対応しているのは、正一位の中でも極上位である。


オジロスナイパー:あれ? マジで宇迦之御魂うかのみたまじゃね? だって、織姫って瀬織津姫のことっしょ? 呼び捨てが割と素っぽかったけど……

陽:マジデ……ドーシタラ……


 もう、いろいろとヤバかった。宇迦之御魂うかのみたまということがバレたのであればそれはそれで危うい。加えて、宇迦之御魂うかのみたまをからかうなんてそんなのはあまりに恐れ知らずである。


宇迦之御魂うかのみたま様ならそこにいらっしゃるのじゃ! ワシは、マイナー狛狐ちゃんじゃよー!」


 宇迦之御魂うかのみたまは苦し紛れの言い訳を続けた。だが、それはどこか楽しげであった。

 クー子の放送は祭りである。神と人と入り乱れて遊ぶ、古来のお祭りなのだ。


「おばあちゃん……」


 渡芽わためが思うところのステレオタイプおばあちゃんの言葉遣いである。自分と同じコマに分類できなかった。


「実はですね、神寸前の狛狐なのです! クー子様の社の最年長でもあります!」


 機転を利かせたのはみゃーこであった。


「ふええ!?」


 だが、畏れ多さに気が動転してしまうのがクー子であった。


「言うてしもうたぞ! どうするのじゃ!? クー子様!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまは設定に全力で乗っかる。


マジコイキツネスキー大佐:友達設定どこいったおい!

宇迦うかちゃん★:どうしましょう、ミカちゃんともすごく絡みたいです!

そぉい!:今日ミカちゃんがイジられてて草

コサック農家:前回はイジる側だったのになー


 能力者組はもう気が気ではない。いつ神罰が下るのかと、肝は絶対零度に達している。草など生やしている場合ではないのだ。

 だが、宇迦之御魂うかのみたまは楽しんでいる。もしも一緒に祭りができたなら、必ず仕返しをしようと悪巧みが止まらない。どうイジり回してやろうかと、思案している。

 奇しくもそこへの道筋がどんどん見えてきているのだ。八栄えが……。


「そ、そうじゃのー! 友達じゃよ……。クー子とは、宇迦之御魂うかのみたまの狛狐をやっていた時期が同じなのじゃ! 同期! そう、同期なのじゃ!」


 設定は二転三転。少しは固めろと言いたいところだが、一本筋が通ってしまっているのだ。


オジロスナイパー:ガチ宇迦之御魂うかのみたまだから、設定ふわっふわなんだろ?

マジコイキツネスキー大佐:んで、本物設定を他人に押し付けようとしてる……と


 そんな風に考えてしまうことができる。


「違うのじゃー! 向こうが本物! ミカちゃんはポンコツお稲荷じゃ!」


 宇迦之御魂うかのみたまは咆吼した。楽しい思いは溜まっていく。

 恩は倍返し、仇は法に則って。和魂にぎたまはこれをよくやる。楽しい思いをさせられたのだ、恩である。人類よ、覚悟せよ。宇迦之御魂うかのみたまは倍返しを心に決めた。

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