第118話・同道の徒

「ところで、素戔嗚すさのお様どうしてここに?」


 クー子は訊ねた。特に理由もなく、ここに来るものだろうかと疑問に思ったのである。


「いや、それがな。急に、姉貴が書いたっぽい書が見つかったんだ……」


 天照大神あまてらすおおみかみというのは、真に全知全能では無い。だが、神々ですらそうであると思ってしまうような神である。だからその書が、古書なのか根の国から高天ヶ原に投げ込まれのかすらわからない。


「それは一体!?」


 だから、素戔嗚すさのおもクー子も思った。今の今まで見つからないように隠されていて、それが何か重大な理由を持って見つかったのだと。


「あぁ、おそらく渡芽わためのための物だった……」


 クー子たちは少し練習を楽しんでいた。その間、素戔嗚すさのおが黙っていた理由は、直ぐに知る必要もないものであるという証左だ。


「ん?」


 その書物の宛先、渡芽わためは首をかしげたのである。


「私たちが聞いていいものですか?」


 天照大神あまてらすおおみかみの書。それは、この高天ヶ原で最も重要視される書物だ。だから、みゃーこは畏れ多く思う。それでも聞きたい気持ちはある。自分の家族……妹同然の渡芽わための話である。


「聴かせるためにこのタイミングなんだと思うぜ。姉貴だし! っと、読むぞ! “始まりの太陽より、同道おなじみちともがらに書をしたためる。つつがなし”……相変あやかるの大好きだな……」


 それは、遣隋使けんずいしに持たせた書にあやかった書き方だったのだ。素戔嗚すさのおは頭をガシガシと掻くと、続きを読んだ。

 その内容はこうだった。


『同じ道を歩く貴方へ。お元気ですね! 私は最初の日司、天大孁貴照洲国神あめのおおひるめてらすくにのかみと申します。根に下った折に迷惑をかけた神々、本当にごめんなさい。それでも、今は根の国を死者たちの安寧の地に変えるため力を尽くさせてください。さて、同道の徒、同じ全なる道の道入みちしおさんへ。どうか、急ぎ道を歩んでください。よく人を理解し、調和を志し、考え続けてください。そして、神々へ。危機が迫っています。アレイスター・クロウリーだけではなくソロモンすら姿が見えません。大きな災禍さいかが訪れるでしょう。最後に、もう一度全なる道の道入みちしおさんへ。あなたの傷は、神として成る時に消えることでしょう。確証はないのですが、私はそうでした。同じ道を歩むのです、きっとそこは同じであると私は祈っております』


 天照大神の正式な神としての名は、天大孁貴照洲国神あめのおおひるめてらすくにのかみである。洲国、“しまぐに”とも読むことができる。そう、日出る島国の祖である。


 彼女には渡芽わためが元気であることはわかっている。よって、元気であると断言したのだ。それが“つつがなし”との文言である。


 それだけではない、いくつか予言が隠されていた。そして、現状すら隠されていた。彼女は今も和魂にぎたまである。そして、根の国が地獄である今を変えようとしているのだ。


天照あまてらす様……」


 クー子は思わずつぶやいた。出会ったこともない、古い神。それなのに、全てを捧げ救済に動く姿に心を打たれたのである。


「ま、姉貴はこんな奴だ! しかし驚いたなぁ、少し前にアレイスターの奴には会ったんだが……。どうやって根の国を出たんだ?」


 素戔嗚すさのおはアレイスターを例大祭の少し前に撃退している。根の国浅層の死者の国。そこへ入ろうとする彼の力は十分に削いだはずだった。


「しかし、この内容では我々だけで知っておくには余りにも……」


 みゃーこが思うのも当然だ。なにせそこには、予言が含まれている。


「もちろん、全神族に伝える! 心配すんな!」


 素戔嗚すさのおはそう言って、ニカっと笑った。

 クー子はそうなのだろうと思っていた。何より、結果的には絶対にそうなる。素戔嗚すさのお大国主おおくにぬしにはなんでも話してしまいがちだ。伊邪那岐いざなぎの秘め事が神々に知られているのは、そういった経緯である。


「でも、クルムの傷が消えるって……本当に良かった……」


 クー子はそれが一番気になっていたのである。さもありなん、吾が狛わがこまの顔の傷である。


「姉貴が言うんだから、消える可能性が高いだろうな! それより、こりゃ清々しいぞ! 根の国がそうなっちまったらマジで来る! 八栄やはえだ!」


 素戔嗚すさのおが気になるのはそちらである。消えるかどうかは定かではない。ただ根の国がただの死者の国となれば、人々は荒御魂になる道を見つけなくなるはずだ。

 あまねく生命は輪廻を繰り返し、やがて高天ヶ原たかまがはらにたどり着くだろう。全生命が和魂にぎたまとして高天ヶ原たかまがはらを訪れる。それが、八栄やはええと言われているのだ。


「消える……」


 額の傷はやはり気分のいいものではない。渡芽わためは消えると知って、嬉しかった。

 それに、神々はいつも夢を描いて、それに向かっているのだと。なら自分もその列に加わりたいと思った。


素戔嗚すさのお様! 天照あまてらす様が帰ってきたらやっぱり太陽奉還ですか?」


 もし天照大神あまてらすおおみかみがいるのであれば、日司ひのつかさは彼女であるべきだ。クー子はそう思っている。


「そうなるだろうな! そして、断られるんだろうな……。姉貴は、拗ね易いから」


 最高神にすら欠点がある。実は、天御中主あめのみなかぬし……宇宙創造の神ですら欠点を持っているのだ。素戔嗚すさのおはきっと断られる、きっと何かに理由を付けて天照あまてらすが拗ねる気がして仕方がないのだ。

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