第117話・狐の得意技

 お祭り騒ぎが終わると、クー子の幽世かくりよ組は宇迦之御魂うかのみたまによって中庭に呼び出される。


「クー子、幻術を見せておやりよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまが言うから、クー子は懐から葉(のようなもの)を取り出して頭に乗せる。


「どう!? どう!?」


 と、クー子は問うが、その姿は……。


宇迦うか様そっくりです! 声まで!」


 みゃーこの言うとおりだったのである。姿ばかりか声まで幻術で包み、それは宇迦之御魂うかのみたまそのもののように見えるのだ。


宇迦うか様……二人!」


 この世のものと思えない美人狐二柱である。渡芽わためは少しだけ興奮した。


「クー子はね、アタシらになら何時だって化けれるのさ! やるもんだろ?」


 結局、神は親バカばかりなのである。宇迦之御魂うかのみたまも例外ではない。元コマであるクー子の術を誇った。


「クー子様はいつでもすごいですよ!」


 だが、みゃーこ達にとっては、万能なる我が最愛の神である。


「私にもできるでしょうか……」


 蛍丸も願わくば、やってみたいと思った。彼女の姿は、いくつかのキーワードが組み合わさって成立しているものだ。自由に変えられるものではない。

 とはいえ蛍丸も女の子である。おしゃれなども当然したいと仕事。


「どうだろうねぇ……。こりゃ、妖力の術だ! 渇望すればするほど、できるものさ!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまは蛍丸に教えた。

 大概の付喪神にはできないことである。器物として仕える本質を持つ神々であるから、妖力の方がからっきしという場合が多いのだ。

 その時、クー子を渡芽わためがペタペタと触りに来た。そして、こう言ったのだ。


「クー子だ……」


 宇迦之御魂うかのみたまとクー子では、触った時の感触は僅かに違う。

 幼子というのは、事あるごとに不安になるものである。渡芽わためは、クー子の姿が変わってしまったまま戻らないのではないかと一瞬考えてしまったのだ。

 目が覚めたとき、クー子がいなかった。その流れで、今もすぐに不安になってしまったのである。


「触られたらわかっちゃうよ……。ただの幻だもん」


 クー子はそうって、頬をポリポリと掻いた。


「クー子、詠唱覚えてるかい?」


 と、訊ねる宇迦之御魂うかのみたま


「もちろんです!」


 それが何かに転用できるかと、術ならなんでも覚えておくのがクー子だ。


「じゃあ、教えてやっておくれ! アタシは忘れちまって……」


 宇迦之御魂うかのみたまは詠唱での幻術など、もう三千年弱でやっていなかった。クー子に教えて以来である。だから、さしもの宇迦之御魂うかのみたまもうろ覚えであった。


「はい!」


 と元気よくクー子が答える。


「じゃ、アタシはほたるんを借りるよ!」


 妖術の基礎の基、妖力を発生させる方法を宇迦之御魂うかのみたまは教えるつもりであった。

 これは逆に正一位の神々の得意分野である。なにせ、気を抜くと妖力を失ってしまうのだ。なぜなら、強い欲望がほぼないから。ただ生きるだけで、ほとんど満たされているから。

 虚しい生では無い。これ以上望むことがない、幸福の極地である。


宇迦うか様。よろしくお願いします」


 と、頭を下げた蛍丸は、宇迦之御魂うかのみたまに手を引かれて行った。


「じゃあ、こっちは詠唱から何からやろっか!」


 そう言って、クー子は懐から件の葉のようなものを取り出した。


「紙だったのですね!?」


 受け取ったみゃーこは驚いたのである。

 別に、植物の葉っぱである必要はないのだ。ただ、伝承としてその形が必要なだけ。色々と代用が利くのである。


「いろいろ入ってる……?」


 渡芽わためはクー子の懐が気になったのである。

 なんでもかんでも入っているような気がして仕方がない。


「うん! いろいろあるよ! ヒトガタに……符に……葉っぱ型に……って、後で全部見せてあげるから、今は幻術! はい、“夢幻よ、姿惑わし思いのままに映し給え。我は狭間に生きるもの、ここに縁を求む”」


 クー子は懐の中身の説明を切り上げて、幻術の詠唱を伝える。

 この術は、狐妖怪のために作られた。人間の姿で近づいて、言葉を持って交流するためのものだ。当然、悪用する妖怪も居るが、だからといって術の理を消すわけにはいかないのである。


「ん! 夢幻よ、姿惑わし思いのままに映し給え。我は狭間に生きるもの、ここに縁を求む!」


 渡芽わためはすぐに実行した。すると、その姿はクー子のものになってしまったのである。

 なにせ、自分の周りの人間に化けるのが一番やりやすい。心に思い浮かべやすいのだ。ただし……。


「クルム、美化されてない?」


 クー子は思わず言った。なにせ、それは普段のクー子よりさらに美しい毛並みだったのだ。宇迦之御魂うかのみたまベースである。

 折り悪く、そこに素戔嗚すさのおが通りかかる。


「お、宇迦うか! って、渡芽わためはどうした!?」


 あんなことがあったのだ、今一人にするというなら……。と、素戔嗚すさのおの顔には徐々に怒りの色が浮かんでいった。


「お待ちください! 幻術の練習中でして……、こちらがクー子様、こちらがクルムです!」


 説明してくれたのは、唯一幻術をまだ使っていないみゃーこだった。


「なんだ、そうだったのか! わりぃ、勘違いだ!」


 本格的に怒る前で良かったと、素戔嗚すさのおは胸をなでおろしたのである。

 そんな一幕を超えて、幻術の練習は続く。渡芽わためは、自分の姿を観察して、幻術で化粧をしてみたりと遊びながら身につけてゆく。

 みゃーこは、服装をいろいろいじって遊んだ。

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