第116話・予定調和

 程なくして、主神たちは帰ってきた。

 そして、即座に渡芽わために対して謝罪をしたのである。


「本当にすまねぇ! 俺が連れて行ったんだ! 次から、渡芽わためが寝てるときは絶対に連れて行かねぇ!」


 起きている時に出て行くのは、渡芽わためにとって全く気分の違うものだ。途中で寝て起きたとしても、これほど悲しくはならない。

 そのことを素戔嗚すさのおは、神凪かんなぎはるに頼み込んで聞き出したのである。


「本当に悪かったね。もう二度としない。どうか、許しておくれ」


 宇迦之御魂神うかのみたまも平伏し、ふと思った。この場に地蔵がいたのであれば一番後悔をするはずであると。何分、彼は子供の守護者としての側面も持つ。だが、幼くして亡くなった子供の多くはその不安を顕にはしてくれないのだ。


「ごめんなさい、渡芽わため。私もね、思っていなかったんだ。そんなに辛いことだなんてね……」


 男命をのみことも、同様にする。

 正一位の神々であっても、間違えれば謝る。それは、高天ヶ原の常識である。


「悪いことしちまった。でもどうか、クー子だけでいい。許してやっておくれ!」


 と葛の葉くずのは

 そこに、人間組はいなかった。彼らは消耗していた。存分に緊張し、神通力も使い果たしていた。そこで、急遽最寄りの神社から家に送ってここに来たのである。


「え……?」


 渡芽わためは当然困惑する。偉いはずの神々が、自分に対してこうべをたれている。

 だが、悪いことをしたら謝る。それは調和を信念とする和魂にぎたまの常識でもあるのだ。


「改めて、クルム、本当にごめんね! もう二度とおいていかない! 行くとしても、絶対に行ってきますって言ってから行く!」


 そう、どうしようもないときは起こしてでも。そのほうが良いのだと、聞いたのだ。

 みゃーこと美野里狐みのりこの、コマ組はそれを黙って見ていた。どうか渡芽わためが許せますようにと、祈りながら。

 蛍丸はもう安心だと、静観を決め込んでいる。


「一緒に、遊んで、ください……!」


 渡芽わためはそう言って、微笑んだ。

 そもそも、怒っていなかったのである。不安だったという事すら理解していなかったのだ。


「やりましたぞ! みのりん!」

「ですね! みゃーこ!」


 とコマ組は後ろでハイタッチをしていた。

 美野里狐みのりこの人化はまだかなり狐寄りだ。骨格も完全に人間ではないし、体毛ももふもふである。だがしかし、そう遠くない未来に完全な人化を成すのだろう。育てているのは、人化の上手い玉藻前たまものまえである。


「おぉ! なんでもやってやる! いくらでもわがままを言ってくれ!」


 と、機嫌が良くなり始めた素戔嗚すさのお


「あ、そうだ! 渡芽わためちゃん、素戔嗚すさのお様のライブ見に行ったんですよ! 例大祭の時!」


 クー子は例大祭の思い出を語るが、そんなことを言っては素戔嗚すさのおはますます気をよくする。対外的にはわかりやすく渡芽わためという本名で呼ぶことが多いのである。


「ふはは! 俺の歌は清々しいもんだろ!?」


 と笑うから、神々はいつもの素戔嗚すさのおの口癖が出たと大いに笑うのであった。


「ん! 悪魔の歌……好き……です!」


 などと渡芽わためが言うと、素戔嗚すさのおは有頂天である。


「うはははは! 気に入った! 清々しい奴だ! ひ孫も同然!」


 もう、口癖の頻度がどんどん上がる。それは、しつこいほどに。


「こりゃ大変だ! 父様はもう何言ってるか分かんなくなるよ!」


 そう言って、最も彼をよく知る宇迦之御魂うかのみたまは笑ったのである。それはもう、愉快そうに……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 お祭り騒ぎが始まった。

 奇しくも予定通り。戦いの後は祭り、高天ヶ原たかまがはらでは相場が決まっている。


「さぁ笑おうぜ! 霜が立つ冬だろうと、長い夜だろうと、必ずきやがるお天道様! 何時だって、笑ってやがるぜ!」


 素戔嗚すさのお露喜ロキ★rockyを歌っている。特設会場など作って。

 ロックンロールなリズムに合わせて、朝を喜び太陽を賛美する歌。本当は、素戔嗚すさのおの姉……天照大神あまてらすおおみかみを賛美する歌だった。今は、別の日司ひのつかさだ。

 それでも、そんなことを感じさせないほど、楽しげに歌っている。


「悪魔! すごい!」


 キャッキャとまるで本当の幼子のように喜ぶ渡芽わためは、クー子の膝の上だ。


「和やかな歌詞なのですね……」


 蛍丸は、それをしっかりと聞くのは初めてだった。


「うん! 素戔嗚すさのお様、案外和やかな歌しか書かないよ!」


 クー子が言った。

 今や素戔嗚すさのおは立派な和魂にぎたま。楽しさにだけ荒ぶる、ワッショイ系神族である。


「アタシが小さかった頃は、まだまだ荒ぶってたけどね!」


 今や、そんな姿を知るのは正一位の古い神々だけ。そんな大昔を、宇迦之御魂うかのみたまは僅かに懐古した。


「あの頃は、僕も荒ぶっていましたし……」


 男命をのみことは言う。


「え!? そんな……」


 一番驚いたのは花である。今の男命をのみことはとても優しく、老成した雰囲気を持っている。だから、想像がつかないのである。


「あったんだよ……。昔は、みんな幼かったから。よく、思兼おもいかね様に叱られたんだよ」


 と、男命をのみことがはにかんだ笑みを浮かべた。


「すまないね、話の腰折るよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそう言って、渡芽わために向き合う。


「ん?」


 渡芽わためは首をかしげて……。


「わかってるかい? あんたの額には傷がある。まるで引き裂かれたような傷さ」


 宇迦之御魂うかのみたまはそう言って、傷を手鏡で見せた。


「うん……」


 渡芽わためも女の子である。顔に傷ができたのはショックだった。

 痛みは無視して遊んでいた。だから、みゃーこと美野里狐みのりこは気付かなかったのである。

 渡芽わためも虐待されていた身の上。痛みなんて、いくらでも我慢ができた。


「いいかい? そりゃ、大孁おおひるめの特徴だ。誰も悪くは思わない。でもね、化粧で隠すことができるよ! それに、幻術だって使えるよ!」


 現代、高天ヶ原たかまがはらではファンデーションも手に入る。気を使った、宇迦之御魂うかのみたまではあったが渡芽わためは思っているよりずっと前向きだった。


「幻術! 練習!」


 そう、ずっとかけていればとても上達するのではないかと思ったのであった。


「そっか! じゃあ、存分に練習しようじゃないか!」

「クルム偉い!」


 宇迦之御魂うかのみたまとクー子は、そんな前向きな渡芽わためがとても嬉しかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る