第114話・ジーゾ教

 魔術師……神々に話したところによると、彼は石井という名前の日本人だった。

 フードに頭を隠していたためわかりづらかったが、礼節に則って彼はそれを外した。


 彼に案内されて、神々が訪れたのは大きな講堂だった。だが、講堂の広さの割に人がいない。

 魔術結社などこんなもんである。人類は科学派、魔術など全くと言っていいほど流行らない。


「聞け! 私は、アデプト・イグセンプタス石井! ここに神秘の極地に至った、ジーゾ・クライスト様をお連れした! これより我ら変革の時! 神秘に傅く我ら魔術師! なれば、このジーゾ・クライスト様こそ正統なる支配者である!!」


 講堂の扉を開けるとともにイグセンプタス石井は叫んだ。

 最初は呆けて聞いていた神々であるが、徐々にこらえきれなくなったのである。


「ぶっ……ククク……ジーゾ・クライスト……」


 そう、笑いが……。

 最初に笑ったのは宇迦之御魂うかのみたまであった。地蔵がイエス・キリストとして扱われている。それをどうして笑わずにいられようか……。


「お前、キリストになっちまったなぁ!!!」


 と、腹を抱えながら、指を差して笑う素戔嗚すさのお


「名前つけることないじゃん……ぶふふ……」


 クー子も笑った。だが、地蔵を笑うわけには行かない。そこで、必死に石井に擦り付けた。アデプト・イグセンプタス石井で笑ったことにしているのである。


「ダメ……です……」


 玉藻前たまものまえだって、こらえきれるはずもない。


「地蔵です!!! お地蔵さんです! ほら、そこらじゅうにありますよ!!!」


 本人は必死の抗議である。それがまたも面白かった。

 人間組は、神のことであると必死に笑いをこらえる。


「あははは! ひー! お腹痛い……」


 それを隠すように花は率先して笑った。

 妲己だけが、なんともない。なにせ、仕事と油揚げにしか興味のない稲荷である。


「申し訳ございません。敬意が足りませんでした……」


 石井は地蔵にそう謝って、もう一度叫ぶ。


「おジーゾ・クライスト様である!!!」


 これに、神々が耐えられるはずもなかった。大爆笑が止まらない。そんなカオスな状態が権威的かというと、断じてそんなはずはない。


「血迷ったか石井! その笑い転げている者共が神秘と!? あまつさえ聖域に手引きするとは何事か!!??」


 最奥に居た、男が激昂する。

 彼が、アレイスター派日本支部のトップ。マジスター・テンプリという位のものだ。

 いずれにせよ、全員メイガスよりも下である。


「申し訳ございません。彼らはまだ、貴方様方の神秘に対する知覚を持ちません。ご容赦を……」


 神通力とは、彼らの言う神秘の最終到達点にある力である。一度も触れたことがない者には決して気づくことができないものだ。そうでなくては、神は居るだけで周囲を威圧してしまう。だから、大昔にその法則が作られた。


「何を言っている!? 貴様! この者どもが、神秘と言うのか!?」


 いたって真面目な魔術師たちと、笑い転げる神々の摩擦はもはや決定的なものだった。

 激昂するテンプリの男。


「然り! かの御人は、イエス・キリスト! 我々は発音すら間違っていたのだ! 正しくはジーゾ様と発音するのである!」


 真っ向から言い返す、石井。


「違いますよ!?」


 困惑する地蔵。


「そういうことにしちまえ!」


 愉快すぎて転げまわる素戔嗚すさのお


「どっちなのだ!!??」


 結局、テンプリすらも困惑してしまったのである。

 一応、素戔嗚すさのおの“そういうことにしてしまう”対応は間違っていない。地蔵菩薩という権威は、西洋系であるカバラには通用しないのだ。そこで、イエス・キリストの権威を借りるのは何も間違っていない。どうせ身内である。


「えっと……はい。地蔵ジーゾ蔵居巣徒クライストです!」


 その考えに至った地蔵は、折れたのである。それっぽく字を当てて、後々わかってもらおうと……。


「なんと! そのような発音なのですね!」


 石井にとっては、地蔵が白と言えば黒も白だ。なにせ、既に彼は狂信者である。


「ええい! そのようなものたちが、神秘であるものか! 手ずから確かめてくれるわ!」


 そう言って、テンプリはあの詠唱に入った。


「無礼だ!」


 と、止めようとする石井。だが、テンプリは止まらない。


「あ、え? 私!?」


 なぜか対象はクー子であった。

 クー子は意識のほんの一部だけを、その術に預ける。本当にちょびっとである。

 聞くことはできるが、返答もできない程度の植物人間のような希薄な意識。そうでもしないとテンプリの魂は粉々に砕けてしまうのである。


「おぉ! おぉ! そのお力! その、神々しさ! まさに神秘! これぞまさに……! お許し下さい! どうか、我が魂のみにて!」


 テンプリはクー子とともに精神世界に入った瞬間に気づいた。なにせ、クー子はほんの少しだけ神通力も精神世界に入れていたのだ。クー子は拍子抜けだった。人間はもう少し怖いと思っていたのである。


「はい、帰ってきてね!」


 と言いながら現世のクー子は手をパンと一度叩く。

 すると、テンプリはすぐに戻ってきた。強制的に術を解いたのである。よって、お互いの力に一切の消耗もなく、戦闘すら起こらない。


「お許しくださいいいいいいいい! 貴方様は! 貴方様こそ神秘! どうかここは、この愚か者の魂一つで!」


 テンプリは、魔術師たちを守ろうとした。今生だけでなく、来世すら捨ててでも。


「えっとね、別に私たち誰も殺す気なんてないよ! だから、地蔵様のお話よく聞いて、清く正しく神様目指しましょう!」


 今生で無理な人間も多いかも知れない。でも、和魂の道を歩くならそれで良しである。


「んじゃ、妲己! 地蔵! ここ任せた!」


 と、無責任気味に言い放つ宇迦之御魂うかのみたま。妲己だって、妖力は大したものだ。神通力は、残念であるがここを任せるには十分である。


「ワーイオシゴトラァ」


 としか鳴かない妲己。


「あまり自信が……」


 地蔵は、イエスの代役が務まるかヒヤヒヤしていた。


「折を見て、本物に来てもらうからよ」


 と素戔嗚すさのおが地蔵に耳打ちして、丸く収まったのである。

 それから、アレイスター派日本支部は、ジーゾ教という名前で新興宗教になった。ただ、その割にはとても奉仕の精神に溢れた健全な宗教となったのである。

 ひとつ不気味な点あるとすれば、信者たちが常にアルカイックスマイルであることだ。

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