第111話・屍徃吹荷蔵巣

「いやぁしかし、実に清々しいじゃねえか! アレイスター・クロウリーとの決戦になったとあっちゃ何が起こるかわからねぇ! ヘタを打てば、崇徳とかソロモンとかも出てくるかもしれねぇ。だから、人に慣れておこうってんだろ!?」


 と、素戔嗚すさのお


「本当でございます。それに、良き人々ともお関わり合いになっている御様子。おかげで、この葵比売あおいのひめと引き合わせていただけました! 宇迦うか様の元コマ、コマは子も同じ、ならば素戔嗚すさのお様のお孫様と同じにございます! 流石、かの素戔嗚すさのお様の流れに在る神!」


 と、速玉男命はやたまのをのみことであった。

 この二人、憶測でクー子を褒めたたえている。神々は気分のいい方に考えがちで、大概他人を賞賛しているときは気分がいい。


「あの……もしかして、アレイスター派自体って……」


 クー子は事情が飲み込めてきてしまった。


「あぁ、たいしたことないね! 偵察の妲己だっき玉藻前たまものまえの二人でも、死者を出していいなら余裕で制圧するだろうね!」


 宇迦之御魂うかのみたまが言う。

 神というのは、術をかじった程度の人間とは存在のステージが違うのである。

 とはいえ、宇迦之御魂うかのみたまですらかなりの過大評価。神基準でしか考えられないのだから、仕方のないことである。


「私、やっぱり行くのやめようかなぁ……」


 と、クー子は逃げようとするも、そうは問屋が卸さない。


「遠慮すんな! 慣れるにはちょうどいい相手なんだ! 行こうじゃねぇか!」


 その問屋とは、素戔嗚すさのおのことである。

 この神は、気分が良いと本当に話が通じない。戦の前の高揚、そして孫とも思えてしまうクー子の成長。気分は有頂天である。


「ひーん!」


 若干泣きが入るクー子であった。

 相手は悪い側の人間が予想される。そんなの、相手をしたくないのである。


「しかし、心強いことになりましたね! これは、気合を入れて道を説かなければ!」


 地蔵の目標は、アレイスター派全員を善の道入みちしおにすることである。

 それと同時に、地蔵は諦めていた。素戔嗚すさのおは既に説得してしまったのだ。今更撤回できないのは、根の国で一緒に戦う地蔵にはよくわかっていた。

 こういった時の素戔嗚すさのおは、本当に荒ぶる神なのである。


あおいたん、霊能連の人たちってつよい?」


 と、相手の戦力分析のために聞いておく花。


「イエ……ゼンゼン……ミナサマニクラベレバ……」


 ガッチガチに緊張しながら、なんとか答える神凪かんなぎである。


「仕えてくれる巫女なのです! 謙遜しているのでしょう! 彼女と同等が千人ほどを想定しておけば不足はないかと……」


 魔術師がそんなにいるはずもない。だが、速玉男命はやたまのをのみこと崇徳すとくだのなんだのを相手にすることが多い神である。その基準は、大きく狂っている。


神凪かんなぎちゃん基準の悪い人が千人かぁ……」

 クー子は憂鬱になった。

 ただし、神凪かんなぎは基準がかなり神寄りである。はるに比べれば、まだまだといった具合。だが、人間の基準からは大きくかけ離れているのである。


「センニンハイナイトオモイマス……」


 カタコトかつ、小声で主張する神凪かんなぎ

 人間は科学全盛期だ。魔術師千人などいてはたまらない。


「まぁ、一人も殺さねぇで征伐だ! 戦力はあるに越したことないだろう。一応……、屍徃吹荷蔵巣シュブニグラス使っていいぞ!」


 素戔嗚すさのおは許可を出した。それは、稲荷神族が究極まで荒ぶる姿を開放していいということになる。

 その姿は、主に根の国で発揮されるものである。荒御魂あらみたまのまま地上に戻ることがないように、力を根こそぎ吸い尽くすための姿だ。


「父様、そりゃいくらなんでも死んじまうよ!」


 宇迦之御魂うかのみたま素戔嗚すさのおの過大評価っぷりに呆れたのである。なにせ、健速たけはやが普段相手にしているのは根の国の荒御魂あらみたまたち。

 素戔嗚すさのお荒御魂あらみたまにも満たない相手と戦ったことがないのである。


はるなら耐えるけど、神凪かんなぎちゃんが危ないってもんです!」


 葛の葉は、ここにいる稲荷では一番力が弱い。だから、一番それぞれの実力を正しく把握できた。


「お、そ、そうか? わりぃ……」


 と、素戔嗚すさのおは頭をぽりぽりと掻いた。

 目を向けてみれば、花は神凪かんなぎを庇っていた。


「花、大丈夫。屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスが解放されても、僕たち速玉はその力を遠ざけるのが得意だ……」


 速玉男命はやたまのをのみことは、自分の神族に対し、優しく話す神だ。

 否定、拒絶、破壊。そのために振るわれる力に干渉する神通力を持つ神。その心根は、どうあっても優しいものである。


「それに、開放しないよ! すっごく危ない奴だから!」


 屍徃吹荷蔵巣シュブニグラスは下級の神が居ないところで使われるものだ。それだけ、危険な力である。それに、外見もおどろおどろしいからクー子はふたりの前で使いたくなかった。


「掛けまくも畏き、高天ヶ原の神々! 人は、貴方様方の思わしきほど、強くはございません!」


 勇気を出して、はるがいった。胃をキリキリとさせながら。

 神々は、危険な敵ばかり相手にしすぎて、感覚がマヒしていたのである。それをはるは察したのであった。

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