第110話・神集う

「た……たか……カタマガハラ……」


 陽はすっかり使い物にならなかったのである。それもその筈、陽も陰陽師。どちらかといえば、神も仏もあつく敬う昔ながらの日本人である。


「はーるー! 高天ヶ原たかまがはらだぞー!」


 ねっとりとからかっているのが葛の葉くずのはだった。


「しかしどうして、はるちゃんが高天ヶ原たかまがはらに?」


 クー子は疲れて眠っている渡芽にみゃーこを下ろしながら言った。

 ついでに蛍丸も眠っているが、戦いになれば彼女はたたき起こさねばならないとクー子は思っている。


「アレイスター派征伐だよ! あれは、残しておいたら本当に中津国を滅ぼしかねない。だから、ちょっと良くはないが、神々で叩き潰すのさ! つい、昨日見つかってね、偵察も済んだんだよ!」


 疑問に答えたのは、宇迦之御魂うかのみたまだった。

 ただ、クー子がそれを知っていることを知らず、事情までももう一度話したのである。


「あ、その件でしたか! ということは、はるちゃんも参加で? 大丈夫ですか?」


 クー子は人間の戦力の上限を知らない。かつて捕まえたメイガス、あんなものは最弱の部類と思っている。だが、メイガスと言う位はは相当上位なのである。


「相手は荒御魂あらみたまでも何でもない人間だよ! はるなら大丈夫さ!」


 ドンと胸を叩く葛の葉くずのは

 はるはどちらかと言えば神基準の戦力である。人間の基準で考えてはいけない。


「それに、この子は言ったらしいよ! 人間のことなんだから、神様だけにお任せするなんて良くないって!」


 はるは何も言わない、ただ高天ヶ原たかまがはらにいると言う事実に飲まれて呆然とするだけ。

 だが、神々は放っては置かない。尊い決断は、広く知られるべき、そして賞賛されるべき。

 自己承認欲求大いに結構。満たして背中を全力で押すのだ。

 だから、宇迦之御魂うかのみたまは彼女の発言をしっかりと代弁した。


「ふふっ! これじゃあ、本当に現人神あらひとがみ秒読みですね!」


 彼女の信仰は正しかった。頼るだけではなく、自ら動く。祈って手を塞ぐのは自ら考えるため。神はそこにそっと手を添えるに過ぎない。

 誰もがそうなれば神は、地上に姿を表せる。否、地上が高天ヶ原たかまがはらへ向けて上昇を開始するのだ。それは、クー子の聞いた大昔の話である。まだ、根の国すら存在しなかった頃の……。


「だね! まぁ、この子は間違いなく稲荷さ! アタシの子だもの!」


 と、葛の葉くずのはは胸を張った。

 人と神の共存共栄、それが人の八栄えの目指し方である。賽銭など、ただ絆を表すに過ぎない。だからこその、ご縁玉ごえんだまだ。

 その時、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろの戸を叩くものがいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宇迦之御魂うかのみたまが開けてみれば、思いのほか外には大所帯である。


「ど、どういう組み合わせなんだい? 父様!」


 それは、あまりに珍しい組み合わせだった。

 素戔嗚すさのお地蔵じぞうがいれば、花毘売はなひめ神凪かんなぎもいる。そして、速玉男命はやたまのをのみことまでいた。


「クー子が征伐に来るって聞いて、挨拶に来たんだ! んで、宇迦うか! どうだ? クー子の決断に従っちゃくれないか?」


 と、素戔嗚すさのおは頭を下げた。


「あんた、参加するのかい!?」


 宇迦之御魂うかのみたまは驚いてクー子を見る。これまで、人間なんて絶対忌避きひだったのに。


「はい! はるちゃんや神凪かんなぎちゃんのいる中津国なかつくにを、みゃーことクルムにほたるんと一緒に暮らす幽世かくりよを、この手で守りたいんです!」


 と、確かな決意を抱いて宣言するクー子を、宇迦之御魂うかのみたまは誇りに思った。だが、やはりそれは寂しいものである。


「立派になっちまって! あぁ、父様! アタシはこの子を尊重する!」


 宇迦之御魂うかのみたまは無理やり涙を押しとどめて、素戔嗚すさのおに啖呵を切るが如く宣言した。


「流石、宇迦うか! 清々しいぜ稲荷!」


 これを素戔嗚すさのおは大いに喜んだのである。だが、地蔵は肩透かしを食らってしまった。簡単に説得できてしまったからである。


「んで、男命をのみことはもしかして……挨拶かい?」


 宇迦之御魂うかのみたま、いつものであるから素戔嗚すさのおに関してはスルーである。

 気分が良ければ良いほど、清々しいは頻度をますのだ。多少悪い方が、会話が通じやすい。


宇迦うか様、ご無沙汰です! 元コマであらせられる、駆兎狐毘売かけうさのきつねひめが我々を引き合わせてくれました。どうか、感謝の意をお伝えしたく!」


 速玉男命はやたまのをのみことにとって、宇迦之御魂うかのみたまは少しだけ格上の神である

「クー子って呼んでいいさ! あ、アタシも宇迦うかちゃんでいいよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそのあだ名が気に入っているし、気楽なのが性にあっている。稲荷は基本的にそうだ。呼び名程度で怒る狐など、昔の妲己くらいのものである。


「上がんなよ! 中ではなそうじゃないか!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまはとりあえず彼らを受け入れた。ただ、神凪かんなぎもガチガチに緊張していたのである。

 なにせ、崇めている主神に連れられている。更には、かの有名なお稲荷さんが目の前にいる。

 緊張で、言葉など発せられようはずもないのだ。なにせ信心深い人間なのである。


「おう、邪魔するぜ! 久しぶりだ! 清々しい気分だ!」


 娘の家に招き入れられてご満悦の素戔嗚すさのおがまた清々しいラッシュになってしまうのは、仕方のないことである。

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