第109話・地蔵

 クー子はコマ達を背中に乗せて高天ヶ原を歩く。大きな体を持つクー子の本性だからとっても楽である。目指すは、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろである。

 そんなところ、見かけたのは剃髪ていはつをした男性の神族であった。


「あれ!? 地蔵じぞうさん!」


 高天ヶ原たかまがはらで滅多に会うことのできない、元人間の神族である。

 なにせ彼は、普段はずっと根の国で、なんとか荒御魂たちを和魂に戻そうとしていいるのだ。健速たけはや神族に属しているが、性格はもっともそれらしくない神である。

 なにせ、仏だ。


「これは、クー子様。お久しぶりでございますね! おや、学校帰りですか?」


 高天ヶ原たかまがはらの学校だから、見ればわかる。そして、男性神族屈指の子供好きな地蔵菩薩じぞうぼさつだ。その事実を見ただけでニコニコと笑った。

 愛されて育てられている。それだけで嬉しくなってしまうような、優しい神である。


「そうなんです! 笑いすぎて、寝ちゃいました! ところで、地蔵さんはどうして高天ヶ原たかまがはらに?」


 クー子は眠ってしまったコマ達はコマ達で可愛くて仕方がない。よって、背中の上で安らかに眠れるようにと気を使って歩いていた。


「それがですね、これから荒御魂あらみたまとして根の国ねのくにに行ってしまわれる可能性が高い人々が居ると聞き及んでまして。それならばこの地蔵じぞう、放ってはおけないのです……」


 彼はいつか根の国を空にする。だから、現世においては子供を救済する力を貸し与えよと、仏に祈ったのだ。

 それを、痛く気に入ったのが素戔嗚すさのお。ならば死後は、一緒に根の国で仕事をしようと。そうやって、神になったのだ。

 ただ、仏ではなかったので、地蔵は少し驚いてしまってはいたが。


「もしかして、黄金の夜明けのアレイスター派のことですか?」


 今一番荒御魂になりかねないのは、その集団である。


「はい、その拠点が見つかったということなのです。どうか、荒ぶる心を押さえ、和魂にぎたまへの道を歩んでもらいたいと思いまして。説得に参りました」


 地蔵はいつも根の国にいて、説得を試みている。根の国と一口に言っても、浅いところから深いところまであるのだ。

 根の国第一席、伊邪那美いざなみの神族に取り込まれてしまえば戻せるのは天照大神あまてらすおおみかみだけである。彼女は、死んで伊邪那美いざなみと共にいると言われている。だが、実態なんて神の誰もがわからない。その一環で、まだ和魂であると言う説があるだけだ。

 地蔵は、そんな不確かな可能性にすがるより、人であるうちに和魂の道に戻って欲しい。そして叶うなら、この高天ヶ原たかまがはらへと思っている。


「そうなんですね……。あの、私もそれに参加できませんか?」


 その一言には、クー子の決意が込められていた。


「クー子様。あなたにお伝えしなかったのは、相手が純然たる人間だからですよ」


 地蔵はクー子の目を見つめる。


「それでも、アレイスター本人に繋がる可能性がありますよね!? 私はどうしても守りたいんです。豊葦原とよあしはら中津国なかつくにに、友人がいますから!」


 クー子の目には、確かな決意の光が宿っていた。


「伝え聞くあなたとだいぶ違う。きっと良きえにしに出会い、おかわりになられたのですね。であれば、この地蔵! 素戔嗚すさのお……金剛夜叉こんごうやしゃ様に伏してお頼み致します!」


 地蔵はその決意を受け取った。尊い神が、さらに前へと進もうとする。その歩みを誰が止められようかと、思ったのだ。

 金剛夜叉明王こんごうやしゃみょうおう。それは、素戔嗚すさのおの仏教での姿である。悪しき道の道入みちしおから、高天ヶ原たかまがはら中津国なかつくにを力によって守る姿だ。


「ぜひお願いします!」


 と、クー子は頭を下げた。


「では、お行きください。金剛夜叉様は、この地蔵が必ずや説き伏せます。その必要も無いでしょうが……」


 地蔵は、クー子の決意が素戔嗚すさのおに気に入られるのは火を見るより明らかと思った。どうせいつもの“清々しい”が出るに決まっていると。

 それは、素戔嗚すさのおの口癖なのだ。隙あらば口にするのである。


「ありがとうございます! じゃあ、私は行きますね!」


 そう言って、クー子は高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろに向かう。そこには、葛の葉くずのははるがいたのである。

 当然、はるは、セーラー服で……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 地蔵は素戔嗚すさのおの下にいた。

 最初は平伏して接していた相手だが、今となっては地蔵の基準でかなり馴れ馴れしく接することができる相手だ。


素戔嗚すさのお様。クー子様が、此度のアレイスター派征伐に参加したいと」


 こんな口調で馴れ馴れしいつもりの地蔵。人間上がりの仏は、礼儀正しすぎると思う高天ヶ原たかまがはらの神々である。


「何!? 清々しい決断だ! 参加させよう、是非とも参加させよう! そして、褒美をしこたまやろう!」


 素戔嗚すさのおの言葉は、まったくもって地蔵の予想通りであった。


「では、その旨、宇迦之御魂うかのみたま様へ……」


 と、地蔵が言うと、素戔嗚すさのおはひどく嬉しそうな様子で言う。


「俺が伝えに行く! あの清々しい神に、たらふく褒美を取らせないと気がすまん!」


 こっちの方面にはいくらでも荒ぶるのが、今の素戔嗚すさのおである。

 ただただ英雄で、ガサツだけど優しい。そんな、神として道を完全に踏破したのだ。


宇迦之御魂うかのみたま様も、お喜びになります」


 地蔵はそう思ったのである。

 今回はただ、まだまだ人間である相手だ。だから戦力不足はない。だが、その先にありえる大戦には、クー子は是非とも欲しい。準主神級の戦力。それは、強力である。

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