第108話・帰りは怖い……

 学校の授業が終わったあと、その教室は死屍累々であった。


「ぐふ……あかん……ふふっ……もう笑われへん……」


 と言いつつも、若干思い出し笑いが止まらない石売。


大国主おおくにぬし様……ぶふっ……だめ……です……」


 がっくりと、横たわるみゃーこ。


「拷問……ふふっ……」

 渡芽わためがつぶやくように、それは面白さによる拷問だった。教育を受けていたのにも関わらず、全員笑い死ぬのを覚悟した。


「面白かったですわぁ……。流石、蛭子噺売尊ひるこはなしうりのみこと様やねぇ……」


 成熟した、保護者側の神々はまだ余裕があった。白木しらきは、ニヤニヤと思い出し笑いをしつつ、楽しげに呟く。


「お腹痛いですー!」


 授業中、クー子も存分に笑った。

 これが道真みちざねの教育方針である。何度でも繰り返し聴きたい、楽しい話を。忘れられない、思い出を。そこに、教育として大事な情報を入れたのだ。

 時間あたりに伝えられる情報は少ない。だが、忘れることはこれで少ない。結局、効率が良いのである。


「せやろ! 授業参観は楽しいんやで!」


 と、同じ神族、上位の神を、白木しらきは誇った。


「毎回来たいくらいですよ!」


 でも全く鼻にかからない。なにせ、クー子だってさっきまで笑い転げていたのだ。

 毎日これほどというわけではない。道真みちざねのおもてなし精神でもって、中でも特に面白い落語が用意されたのである。


「せやけど、よう見てみ! 皆、転げてまっしゃろ? せやから、帰りは怖いって言ってましてな!」


 白木の言うとおりだった。今日はどんな楽しい話を聞けるのか、そんな期待に胸をふくらませて登校。だが、この状態では帰り道は大変である。


『くふ……。これはどうして、帰りましょうか……』


 ちなみにであるが、蛍丸も大爆笑だったのだ。刀の形ではあったが、大爆笑していた。


「ところで駆兎狐くうこはん! 背負ってるの、付喪の方やろ? 笑い声が漏れとったで!」


 白木しらきは、笑いすぎて制限が効かなくなっていた蛍丸の思念をキャッチしていた。

 話し好きの蛭子ひるこ神族のことだ。自分も話しかけられると、蛍丸は冷や汗を流していた。


『クー子様! 今、私のことは伏せてください!』


 と蛍丸は、必死にクー子に頼み込む。


『なんで?』


 と念じて返すクー子に蛍丸は答えた。


『笑いすぎて足腰が立ちません……』


 そんな状態だったのである。

 蛍丸は神の観点でまだまだ幼い。だから、簡単に笑い転げてしまったのだ。


「ほほう? やっとですかい!?」


 白木はいたずらごころから、百万回死んだ大国主おおくにぬしの一部を同じ口調で再現する。


「「『ふぶっ……!』」」


 そのシーンが否応なく思い出されて笑ってしまう蛍丸から、また思念が漏れた。


「あーなるほどなぁ……。蛍丸はんもぎょうさん笑ったんやねぇ! 良かったわ! 付喪の方にもわらってもろて、蛭子も鼻高々やで!」


 と、白木しらき朗々ろうろうと笑った。噺売はなしうりは、蛭子ひるこ神族の誇る最高の噺家はなしかである。そんな彼が、道真みちざねと一緒に作った話。だから、蛍丸の反応に白木しらきはすっかり気を良くした。


「笑わないでいられる方がおかしいですよ!」


 と、クー子。だが、そんな白木しらきから流れ弾をもらった存在がいたのである。


父様ととさま、堪忍! 死んでまう!」

「やめて……」

「勘弁を……!」


 そう、授業を受けていた対象。幼い神々である。

 石売いしうり渡芽わため、みゃーこの三人だけではない。他の神々まで、流れ弾に当たっていた。


「あぁ、悪いことしてもうた……。偉いすまへんな……」


 と、白木しらきはペコリと頭を下げた。


「でも、あの道真みちざねくんがなぁ……」


 高天ヶ原たかまがはらに来た当初の道真みちざねを思い出す、クー子。

 当時の道真みちざねは、悲嘆に暮れるお堅い人物だった。日本が心配だ心配だと、事あるごとに言っていたのである。

 だから、当時の蛭子ひるこ中津国なかつくにでの仕事には必ず道真みちざねを連れて行った。吹っ切れてからは、学問の神としてバリバリ働いたのである。


「クー子はん、お偉いさんやもんね? 君で呼ぶなんて、凄まじいわぁ……」


 白木しらきは現在従三位である。基本的に神は、従三位になってから子供を持つことを考えるのだ。神々の中で功績を稼ぐには、精神的な成熟も必要になる。

 そのくらいになる神は、経済的にも精神的にも子やコマに不自由を感じさせないと言う基準である。いくつになっても安全に出産可能な神だから、気長に自分の成長を待ってから出産するのである。


「そんな、お恥ずかしい……」


 と、クー子はこれを固辞したのであった。そもそも、普段からそう呼んでいるから。つまるところ、無意識である。


「せやけど、若いのにほんま立派や! 羨ましいわぁ! あやからせてな!」


 従三位以上の神の嫉妬は、前向きである。蹴落とすなどということは考えず、あやかることを考える。

 共栄と言う形で調和したいと考えるのだ。


「ところで、これ……どうやって帰るんですか?」


 幼い神々はまだまだ足腰が立たない。時折、思い出し笑いして困っている。


「クー子はん、二人やから大変やね。あ、三人か! 担いで帰るしか、ありませんでっしゃろ?」


 そういって、白木しらき石売いしうりをおぶった。


「あーやっぱりそうですか……。本当に帰りは怖い学校です……」


 と、クー子は苦笑いをしたのである。

 でも、きっと次に行く時は喜び勇んで登校する。そんな学校に思えて仕方がない。

 これこそ、行きはよいよい帰りは怖いの真相なのだ。

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