第107話・行きはよいよい

 次の日の話である、クー子一行は、高天ヶ原たかまがはらを訪れていた。

 例大祭ではない、普段の高天原たかまがはら。それを訪れるのは、クー子にしてとても久しぶりの経験だった。


「さて、例大祭と違って見るべきものも大してありません」


 道真みちざねはそう言って先を、歩いたのである。

 とは言えど、そこには様々な神族が日々の仕事をこなしている。それは、初めて見るコマたちには面白い光景だった。


「え!? 何!? 古事記が聖書扱い!? あー、できれば新訳版出して欲しいなぁ……」


 だとか……。


「またエルサレムでもめてるの!? 同じ神様を崇めてるんだから共有すればいいのに……」


 だとか言い合っているのだ。

 神としては古事記は書き直して欲しい。特に垂仁すいにん天皇の下りだ。

 それと、神々は様々なものを共有している。だから、エルサレムがどこかの国であることが納得できないのだ。それも、高天ヶ原たかまがはらの治安が良すぎるのが原因である。


「思っているより、ゆったりなのですね!」


 みゃーこの言うとおり、案外ゆったりと仕事しているのである。

 原始共産主義的な時代すらあって、その頃から生きている神も多い。あまり急げないのだ……。


「さて、私はここで。大国主おおくにぬし様の元に戻ります」


 そう言って、薬師如来やくしにょらいが一行を離脱する。


「あ、はい! また、暇なときにでもお話しましょう!」


 クー子が代表した別れの挨拶。皆、同じ気持ちだった。温和な性格なのだ、皆薬師如来やくしにょらいと良好な関係を望んでいたのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがて、第二席を奥に進む。例大祭では、主に神器を売る建物。それは、平時は学校である。

 そして、その中をさらに進み、道真みちざねは一時職員室へ、自分たちは教室の後ろの方へとまたしても別れたのであった。


「珍しいわぁ……お稲荷いなりはんでないの? 僕は、蛭子白木売狸ひるこのしらきうり、言います。こちとら狸ですさかい、よろしゅうお願いします!」


 隣に座っている糸目の青年神が言った。

 神の学び舎では、授業参観の日、親神は隣に座るのである。隣にはもちろん、彼の子と思われる少年がいた。


「こんにちは! こちらこそよろしくお願いします!」


 そう言って、席に座ってから改めて自己紹介をしようとするクー子。

 それを、その子供は知らずに自分も話し始めてしまった。話好きの蛭子ひるこ神族故である。


「僕、蛭子石売ひるこのいしうり言います! 白木様のガキんちょですわ! おおきに! 名前、石ついておりますやろ? 稲荷はんにはわてわてわれわれ大層お世話になっとりまして、ほら、駆兎狐くうこはん言う、大層ななお方いらっしゃいまっしゃろ? あやかって、石の字を頂いたんですわ! んで、お稲荷はん。お名前、なんておっしゃいますの?」


 石売いしうりは、クー子に訊ねた。


「えっと……私が、稲荷駆兎狐くすうこです」


 本人であるとは露知らず……。


「「本人ですかい!」」


 二人揃って、ビシっと空を叩く。漫才気質ここにありだ。


「イヤ、えろうすんまへん。まさか、本人さまとは知らんこと。どうか、堪忍してやぁ……」


 白木の言葉遣いは、大阪なのか京都なのかはっきりしない。なにせ、それが分化する前の言葉である。

 頭を押さえ、ヘコヘコと何度も下げた。


「あ、気にしないでください! 蛭子ひるこさんには、お世話になってますから!」


 そう、クー子の殺生石を功績にしてくれているのは、蛭子ひるこ神族である。だから、クー子は蛭子ひるこ神族をよく把握していた。


「えろうすんまへん。んで、許してもらって早速で申し訳なんですが、お二人も紹介もらえまへんか? 僕、これからお仲間ってなると、楽しみでシャーないんですわ!」


 おしゃべり大好きかつ、気のいい系関西人な蛭子ひるこのことだ。石売いしうりの言葉は、本心なのだとクー子は理解した。


「稲荷満野狐みやこにございます! 残念ながら、入学はしないのですが……」


 どちらかというと、みゃーこは保護者側の立場である。


渡芽わためです!」


 渡芽はちょこんと手を挙げ、そして自己紹介をした。


満野狐みやこはんに、渡芽わためはん、ですか! どうぞ、ここはひとつおおきに! うれしおすなぁ……、こんな美人さんとお近づきになれた!」


 そう言って、石売いしうりは大いに喜んだのである。

 その頃、道真みちざねが戻ってきた。


「お、始まりまっせ! 黙ってると、おもろい話しぎょうさん聞けますよって!」


 神々の学び舎は、子供の遊びたい気持ちを、おしゃべり好きな蛭子ひるこ神族を、授業の面白さでねじ伏せている。


「皆さんが静かになるまで……三十秒かかりませんでした!」


 毎朝恒例を道真みちざねはいい、授業開始前の話が始まる。


「本日は一限め歴史小話、百万回死んだ大国主と、次が数学です! つなぎに、時蕎麦もやってもらいましょう!」


 そう、落語風にアレンジされた歴史の話を聞く。それと、数学の大切さは時蕎麦で伝えるつもりだ。

 大笑いしながら、知識が勝手に身につく。そんな教育方針の学校である。

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