第105話・天神様の学校じゃ……

 それから、昼食が始まった。

 食卓には薬師如来やくしにょらいの宣言通り、カレーが並んでいる。


「何やらかぐわしいと思っておりましたが、これはこれは……。早速、味わいたいほどです」


 道真みちざねはクー子に号令をせっついた。

 神々としては、家主が最初にいうのが常識なのである。


「じゃあ、早速! いただきます!」


 長話は号令の後、食べながら話せばいいことである。クー子は前回の教訓を早速活かした。


「「「いただきます!」」」


 大勢でそう言って、賑やかに食事が始まる。


「甘く、わずかにぴりっと来る……。クセになりますね!」


 道真みちざね薬師如来やくしにょらいのカレーを食べるのは初めてだった。

 彼は蛭子ひるこ神族である。例外的に関西弁ではないそれだ。だから当然、珍しい料理もいろいろ網羅している。蛭子ひるこに散々いろいろ食べさせられたのだ。

「辛いのは、丁子ちょうじ※クローブのことというのだとか……。消化を助け、体を温めてくれます。冬にぴったりですね! お気に召しましたか? 校長先生!」


 と、蛍丸は道真みちざねに言う。


「蛍丸さんがお作りになられたのですね! 教え子の料理が食べられるのは幸せですよ」


 蛍丸は、道真みちざねの学校のOGであった。それもかなり昔のことである。


「止まりません! 無限に食べてしまいそうです!」


 みゃーこは道真みちざねに同調する。美味しいのだと。

 少しだけピリリとするがそれがまた絶妙であった。基本的に辛いものは苦手の稲荷神族であるが、こうもほんのりとであると気にならない。


「うまうま……」


 渡芽わためもそれがたまらないのか、次々と口へ運んでいった。


「香りは馬芹ばきん※クミンシードのことと言いまして、これも消化を助けるものです。他にも、たっぷりとお薬が入っておりますよ!」


 薬師如来やくしにょらいがそんなことをいうものだから、みんなぎょっとしてカレーを見た。


「流石薬師やくし様……いえ、お薬とは毛ほども思わず……」


 道真みちざねは若干引きながら言った。

 薬師如来やくしにょらいは薬に関してはほぼ全てを網羅している。漢方なども薬草も使えれば、合成医薬品だってお手の物だ。


「すごいですね! しかし、これだけのスパイスをどこで?」


 クー子は尋ねるも、その答えは簡単だった。


「インドの方々がたくさん供えて下さるのですよ」


 それはもう、薬師如来やくしにょらいだけでは消費しきれないほどに……。だから余った分は蛭子ひるこ神族に管理してもらっている。


薬師やくし様はお薬の事以外は難しいそうなのです」


 蛍丸は薬師如来やくしにょらいの性質を暴露した。

 薬師如来やくしにょらいは、何故か薬以外がうまくいかないのだ。

 だから、なんでもかんでも薬の側面を持たせることでどうにかこうにかできることを増やしている。


「お恥ずかしながらその通りで……。お薬以外は作れないのですよ……」


 ついでに、薬師如来やくしにょらいは火薬なども作れない。黒色火薬をレシピ通りに調合すると、何故か蚊取り線香が出来上がるのである。これも、神族最大の謎である。


「不思議な話です……。っと、すみません。こちらの話をしても?」


 道真みちざねが話題を転換した。少し申し訳なさそうな顔で……。


「聞いて欲しい……」


 と、渡芽わためがいうものであるから、それはどうやら渡芽わために関連する話のようだ。クー子は、そう思った。


「うん! えーっと……」


 クー子は視線を薬師如来やくしにょらいに投げかけた。


「私の話は、単なる世間話。聞きたいと思って下さるなら、また次の機会に」


 と言って、薬師如来やくしにょらいは柔らかく微笑んだ。

 仏はかなりへりくだることが多いのだ。


「では……。クー子様、明日は授業参観です。紛れてこっそり、渡芽わためさんと見学にいらっしゃいませんか?」


 道真みちざねが言ったそれは、かなりいい話だと思った。実際に入学する前に、前もって体験できる。本当に入学するときの緊張も、かなり和らぐだろう。


「クルムが行きたいなら、もちろん連れて行くよ!」


 どちらかといえば乗り気のクー子である。

 高天ヶ原の学び舎は、授業参観がかなり頻繁だ。女神が子煩悩すぎて、増やさざるを得なかったのである。


「行く!」


 と、渡芽わためが元気よく言うもので、もはや決定。


「実はこの満野狐みやこも、行きたいと直談判いたしました!」


 みゃーこは学び舎に憧れがあった。


「もちろん、ご一緒にと、喜んで迎え入れました」


 道真みちざねの学び舎は来るもの拒まずである。ただ、満野狐みやこはおそらく大概の教養は持っているだろうと道真みちざねは思っている。


「ほたるんは……」


 一人で残しておくのはいかがかと。とはいえ、四人で……というのは流石に気が引けた。


「お忘れですか? 私は、刀として背に侍ることができるのです! 懐かしの母校、人の姿のままでは涙を流してしまうかもしれません……」


 蛍丸は卒業生。高天ヶ原たかまがはらに来た当時に通っていたのだ。

 一級神器の付喪神たちは、大抵そうだ。建速たけはや神族となっていて、素戔嗚すさのお大市おおいちが通わせている。


「それでいいの?」


 と訊ねるクー子。


「泣き顔は恥ずかしいですから……」


 蛍丸は言った。

 実際蛍丸が警戒しているのは思い出し笑いである。死ぬほど笑わされながら、教養を叩き込まれるのがその学校である。

 行きはよいよい、帰りは怖い……とは笑わされすぎて体力を搾り取られた神々の愚痴である。


「たくさんおもてなし致しますよ!」


 と乗り気の天神こと菅原道真すがわらのみちざね


「お気をつけください……」


 いつだって、神のおもてなしは度が過ぎる。蛍丸は警戒を呼びかけたのである……。

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