第103話・潜入捜査

「勉強……楽しみ……です! でも……、どんなところ……ですか?」


 渡芽わため道真みちざねに首をかしげながら訊ねる。

「そうですね……文字や算数、そうだ語学や歴史などもやりますよ! 先輩の蛭子ひるこ神族をお呼びして、落語で歴史を学んだりします」


 道真みちざねにとって、渡芽わためは道徳がとても完成されている。心に従って行動すれば、勝手に道徳心が付いてくるようなものだ。だから、そこは教える必要がないと思った。

 神にはたくさんの知識が必要だ。世界中の宗教と付き合っていかなくてはならない。なにせ、信仰の対象なのだから……。


道真みちざねくん、落語ってアレ? 蛭子ひるこ様たちお得意の?」


 注意しなくてはいけないのは、道真みちざね以外の蛭子ひるこはほとんど関西弁だ。当然落語も上方落語である。クー子は渡芽わためが関西弁を話はじめないか心配である。


「そうです! 百万回死んだ大国主様とか、キリスト教との遭遇とかやりますよ!」


 道真みちざねは落語の題名を並べる。

 それらは、神々の歴史の一幕。その話を面白おかしく脚色したものである。実際大国主は、おそらくまだ百万回は死んでいない。ただ、古事記にもあるように、死亡回数はダントツの一位である。


「定番でございますね! 大国主おおくにぬし様はヒーローなのに、すぐお亡くなりになられて……」


 と、みゃーこは笑った。

 死んでも笑い話にできるのは大国主おおくにぬしだけである。なにせ、いくらでも蘇るのだ。

 そして、危機的な状況を脱したあと、大国主おおくにぬしがジョークを言って祭りが始まるのだ。大概、素戔嗚すさのおネタである。


「まぁ、勉強になるからいいか……」


 となれば、クー子も納得するほかなかった。


「稲荷は……なんで行かない……ですか?」


 渡芽は、一つ気になったことを道真に訊ねる。


「それはですね。稲荷の神々はほとんどが、元妖怪です。神になる頃には教養はお持ちなのですよ。大概はあとは道徳だけ。だからですね!」


 稲荷に拾われる妖怪の多くがそうである。叩き上げ神族お稲荷さんなのだ。

 道徳の大部分は、道先である神が教える。これが道説なのだ。だから、高天ヶ原の学校に通うことはない。


「私だけ……」


 渡芽わためが入学を考え直した一瞬であった。


「クルム、学びは尊きことです! 我々元妖怪は、人間の学校話が大好きです! 神の学び舎となれば、その興味が尽きることはなく……。是非に! 潜入捜査を!」


 説き伏せたのは、みゃーこだった。

 目を爛々らんらんと輝かせ、詰め寄ったのが良かったのである。また、潜入捜査という言葉も渡芽わための心を躍らせた。ちょっと特殊な存在は、少年少女の憧れである。魔法少女に怪盗に、忍者や英雄。それにロマンを感じない若人は少ない。


「行く……!」


 そして相変わらず、身内には文法を用いずに話す渡芽わためだった。


「乗り気のようで、嬉しく思いますよ!」


 温和な笑みを浮かべる道真みちざね

 クー子はひとつ気になった。


「クルム、どうして私たちには文法を使わないの?」


 ただ純粋な疑問として、小首をかしげながら渡芽わために訊ねる。


「甘えてる……」


 その返答は、余りにも可愛らしすぎたのである。


「クルムー!」

「いくらでも甘えて構いませんぞ!」


 それは、クー子にもみゃーこにも大打撃だった。だから、思わず駆け寄って抱きしめた。


「ふふふ、こんなに仲の良い神と狛。珍しいほどかもしれませんね……」


 道真みちざねは、それを和みつつ見ていたのである。

 高天ヶ原の地にモンスターペアレント問題は存在しない。神であるから、物事を冷静に考えて行動に移すからである。そして、温和に話し合い、ようやく怒るかどうかを決めるものである。

 神同士であると、温和なうちに問題が解決することが常であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがて、クー子は蛍丸の方が気になった。だから、その場を道真みちざねに任せて、そちらへ向かう。

 任された道真みちざね道真みちざねで、二人に懐かれていた。道真みちざねは父性的な神である。当然の帰結と言えよう。


薬師やくし様……何やってるんです?」


 二人は台所で、薬研でゴリゴリとやっていた。


「これは、クー子さん。今、二人で手分けして、薬草をすりつぶしていたところです。本日は和インドカレーにしようかと……」


 薬師如来やくしにょらいは答えた。基本如来にょらいである彼だ。その性格は温和そのもの。怒ることはそうそうない。

 インドのインドカレーと日本のインドカレーは別物だ。日本のものはまろやかさが特徴で、インドのものは際立つスパイスが特徴である。


薬師やくし様はすごいのですよ! 様々な薬草の効能をご存知です! そして、美味しい組み合わせできっちり薬効を発揮させます!」


 と、蛍丸は興奮した様子でクー子に話した。


「薬師様だからね……! 薬のくせに美味しいなんて、よくあることだよ!」


 狙った薬効、狙った味。それが薬師如来やくしにょらいの常識だ。最近では、見た目すら気にしだしている。気遣いの鬼、此処に極まれりといった具合だ。


「こうも褒められると気分が良いものです」


 と、薬師如来やくしにょらいは上機嫌にゴリゴリと続けた。

 黙々とゴリゴリと……そんなのすぐに気まずくなって、雑談を始めるのである。

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