第101話・朱蛍
食卓には色とりどりの、蛍丸の料理がところ狭しと並んでいる。
「ほたるん? 料理好きなの?」
そのどれもが、手間のかかるものだったのだ。かぶら蒸しにブリ大根に白米。朝から豪華である。
「はい! 味覚は人間の福音でございます!」
クー子に訊ねられた蛍丸は、力説した。
ただ、付喪神は心にも五感を持つ。その五感でもって、快楽に身をゆだねた先にあるのは、人斬りの妖刀だ。
「そっか、じゃあいろんな人からレシピ聞こうね!」
クー子は蛍丸に協力する気が満々である。料理動画はしばらく、あるいは永遠に蛍丸のものになってしまうかもとクー子は笑った。
「それは、とてもありがたいです!」
蛍丸はワクワクとした。ここにいると、悪いこと以外なんでも手を貸してくれる。それが、嬉しくてたまらないのである。
「お腹……空いた……」
と、
「では、冷めないうちに!」
折角ならばおいしく食べて欲しい蛍丸が、いの一番に促して。
「ごめんね! 食べよう! いただきます!」
クー子が号令を発する。
「「「いただきます!」」」
全員で手を合わせて、口をつけ始めた。
「うま……うま……」
「ほたるんさん、すっげー料理上手! 料亭に来たみたいだよ!」
陽はブリ大根に入った油揚げからであった。本来、ブリ大根に油揚げは入らない。だが、甘辛い汁と大根の香りを孕んだ油揚げのなんと美味しいことかと、興奮した。
「どれも美味しゅうございます!」
みゃーこはあっちもこっちも手を付ける。ブリ大根のちょっと濃い味と、かぶら蒸しの上品な優しさ、バランスをほめたたえた。
「出汁が効いて、塩気が適切ならなんでも美味しい……。とは、
あり合わせでそれっぽく料理してしまう。そんな玉藻前の基礎を教わったのである。
「やっぱりたまちゃん、教えるの上手だなぁ! でもほたるんの吸収力もすごいよね! すぐ、自分のものにしちゃう!」
クー子はついでに、蛍丸という存在までも褒めたたえた。
「いえ……。好きこそもののなんとやら、それだけです」
蛍丸は絶賛を浴びすぎて気恥ずかしくなってしまった。顔を赤くして、少し目をそらしたのである。
「
と、前世男の陽が呟く。
「
クー子はそれに漬け込んで、陽をからかった。古めの言葉遣いで。
「
男としての思考が漏れたため、更にはクー子に引っ張られて、言葉遣いまでも前世基準だった。陽は一瞬、平安陰陽師安倍晴明に戻ってしまったのだ。
「見て、ほたるん真っ赤!」
と、クー子が現代語に戻すので、陽はハッとした。
「いや、女神様と結婚できるとか光栄すぎるし! 恐れ多すぎるし……。何より、女だし……」
女神を娶った晴明の父は幸せの絶頂を死ぬまで経験し続けた。なお、老衰死である。神に愛されて、それ以外の死因はありえない。陽はそんな父を見ていたから、是非にと思ってしまったのである。遠い前世の記憶だ。
「あはは! ごめんごめん、からかいすぎちゃった!」
クー子はケタケタと笑った。
「クー子様! もう! おかわいそうに、こんなに真っ赤になられて……」
みゃーこはクー子を諌める。蛍丸は、自分の恋愛話など経験がなかった。故に、究極的に初心だったのだ。
なにせ、刀だったのだから仕方のない話である。
「ほたるんが……娶る?」
なんの悪意もなく、そして、どちらが娶る側となるかを無邪気に疑問視する
育ての親を娶るとは、存外神の世ではないことでもないのである。
「いえ……あの……その……」
照れに照れ、二の句を告げない蛍丸は、目でみゃーこと陽に助けを求めた。
「クルム! 違います! 恋のお話にほたるんは疎いのです!」
慌てて訂正するみゃーこと、苦笑いの陽。
「そもそも俺今女だしさ……、勘弁してやってくれよクルムちゃん」
陽はもう、辛かった。蛍丸をこのように恥ずかしがらせていることが……。
「ごめんね、からかいすぎちゃったんだよ……」
しゅんと、耳を伏せるクー子である。千歳近い神なら、この手のからかいも笑って流すと思ったのである。
失敗したなと、クー子は苦い顔をしていた。
「その……お気を落とされないでください。ごめんなさい、私もこの手の話は初めてで……」
蛍丸は謝罪を返した。自分も自分で、冗談に乗れなかったのが悪かったと思った。
「お二人共! 明るく参りましょうぞ! せっかく手の込んだお食事です!」
仕切りなおしたのはみゃーこである。柏手を叩き、雰囲気を一掃したのだ。
「みゃーこがいっちばん大人じゃんか!」
これはあべこべだ、面白い。と、陽が笑ったのである。
「クー子娶る!」
因果応報だ……。
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