第100話・霜走る

 やがて朝が訪れて、霜が立つ。パパ国主は大忙しである。

 織姫な神々を集めてはせっせと布を織らせ、そこに綿を詰めては蛭子に渡す。


「さぶ……くない!?」


 渡芽はこんなにも寒々しいというのに、決して寒いと思えない自分の体を疑った。


「稲荷の体なれば、冬もへっちゃらです! 我々、もふもふでございますので!」


 それを示すためか、みゃーこは半狐姿でちょこんと手を挙げる。


「増ゆ衣の、仕事なしや、お稲荷の……ってね! 冬衣様が昔、宇迦うか様に贈ってたよ!」


 クー子の口にした歌が、実際に贈られたのは平安時代。和歌に俳句にと、当時神々にも流行っていたのだ。

 しかしとて、愚痴すら五七五で語ることはないだろうと、当時笑いを起こした句である。


「分からない……」


 渡芽には、そんな古い言葉わかるはずもなく、訊ねた。


「お稲荷さんが、服を買ってくれないって言う愚痴だよ」


 クー子はそう言って笑った。


「うーさぶさぶ……」


 と、その時、はるが起きてきた。その他の稲荷は、既に自分の社へ。

 平時であれば、他の神の社に泊まることもある。だが今はそうもいかず、自分の社で備えている。


「あ、そっか。はるるん、人間なんだった……」


 クー子はそれをよく忘れるのである。


「まだガッツリ人間だからな!」


 と……はるは笑って答えた。


「……にしても、あんなに賑やかだったから余計に寒く感じる」


 はるは言葉を続けた。実際に社の中の気温は下がっている。稲荷がそれだけいれば、部屋も暖まろうものなのだ。


「クー子様、宇迦うか様はどうお答えに?」


 みゃーこは、宇迦之御魂うかのみたまを尊敬しているがゆえに、いろいろと知りたかった。


「来る冬の、中綿なかわた往く年ゆくとせ、稲荷の毛……だよ!」

「文通の話?」


 はるは、首をかしげた。平安人は、和歌や俳句を使って文通をしていた。


「意味!」


 それを求める、渡芽わためは主張した。話においていかれるのは寂しいのだと。


「あー多分……。来年は、去年の稲荷の冬毛を中綿に使ってみますか? みたいな感じかなぁ……。どう? クー子さん!」


 はるは平安人の血が騒いだ。どうだ、あたりだろと言わんばかりに胸を張った。


「うん大当たり! 稲荷の冬毛を中綿にして服を作れば、稲荷が服を買わない理由もわかるからね! あ、ちなみに文通じゃなくて会話だよ!」


 当時、思いつくままに、会話が五七五になっていたのだ。そして、宇迦之御魂うかのみたまの返しの句、これは字余りで笑われたのである。

 何かにつけて、愉快になりたい神々の一幕であった。


「会話かよ! 川柳……いや、微妙に季語あるな……。俳句ジャンキーめ!」


 と、はるが盛大に笑ったから、クー子も一緒に笑った。


「あはは!」

「んで、実際、稲荷の毛は中綿に使われたのか?」


 はるは訊ねる。

「うん、むしられる勢いで、毛を持っていかれる……。あ、そうだ! 空狐記念の、稲荷半纏いなりはんてん貸してあげようか?」


 実際、クー子の毛はパパ国主こと、冬衣の売れ筋商品である。神の毛の保温性、それは目を見張るものがあるのである。


「どぅえ!? 貴重なもんじゃね!?」


 そう、それはとても貴重である。なにせ、記念品だ。クー子が空狐となった年の冬毛が、たっぷりと詰められている。


「いいの?」


 と、渡芽わためは思う。人間の尺度では、絶対に返って来るとは言えない。


「いいのいいの! どうせ、貸すって言ったって百年やそこらではるるんごと帰ってくるんだから!」


 何が詰められようと、神が作った服だ。壊す方が難しいとすら言える。だから、少し待てばいいだけである。


「スケールッ!!!」


 はるが生きた年数。前世も足しても、まだ百年に届かない。


「百年ごときで驚くとは、はるるんもまだまだ人の子でございますね!」


 と、みゃーこが妙に悟ったようなことを言う。したり顔だった。


「みゃーこは25だろうが!」


 愛らしく思えて、はるは笑う。


「はるるん、コンビ結成致しませんか!?」


 みゃーこはツッコミを待っていたのだ。

 漫才にも神は偏見を持たない。愉快になれるのであれば是非にと思っている。


「おま、ボケかよ!」


 してやられたはるはそれはそれで笑ってしまった。


「はい、満野狐みやこがボケではるるんがツッコミでございます!」


 それは、漫才のお誘いだったのである。ツッコミ気質だったので、みゃーこはもしやと思ったのだ。


朝餉あさげですよ!」


 蛍丸はすっかり料理のハマっている。油揚げという新たな食材を得て、さらにいろいろ作りたくなったのだ。


「ほたるん、ありがとー!」


 ついこの間まで、それはクー子の仕事だった。

 移り変わりは楽しくて、時折寂しいものになる。

 途中、衣装部屋に寄って、クー子は陽に半纏を貸し付けたのである。いつか、稲荷の神になる時に返せばいいと、言い含めて。

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