第99話・春待宴

 宴もたけなわ、コマたちも眠りにつく頃の話である。

 昔の祭りは夜通し行われた、ということもある。本当に暁まで起きていたのは、神々と蟒蛇うわばみ※お酒をいくら飲んでも酔っ払ってしまわない人だけである。


宇迦うか様、お時間大丈夫なんですか?」


 クー子は少し不安に思い、訊ねた。本当は忙しいはずの宇迦之御魂うかのみたまである。仕事に差し支えてはたまらないと思ったのである。


大国主おおくにぬしがね、気を利かせて時間を作ってくれたのさ! おかげで、アタシは今日いっぱいいくらでも遊んでられる」


 宇迦之御魂うかのみたま大国主おおくにぬしは血縁である。宇迦之御魂うかのみたまの父は素戔嗚すさのおであるし、大国主おおくにぬし素戔嗚すさのおの子孫だ。ついでに、神倭かむやまと素戔嗚すさのおの血縁であり、隼人はやとと言われる一族である。

 素戔嗚すさのおは、ちょいワルゴットファーザーなのである。いや、事実神である。


「良かったです! じゃあ、思う存分食い倒れて行ってください!」


 クー子がそう返した折である。宇迦之御魂うかのみたまは、大国主おおくにぬしの言付けを思い出した。


「あー! クー子! あんた、正二位! 今日から、またまた正二位!」


 宇迦之御魂うかのみたまはクー子を指差して言った。これが、宇迦之御魂うかのみたまのポンコツ要素である。若干忘れっぽいのだ。


「えー!?」


 クー子はもう少しゆっくり元に戻るものだと思っていた。

 殺生石せっしょうせきやインターネットの術式の功績で戻るのであれば、本来時間はもっとかかるものだったのである。


「人間と神との接点を上手く作った。これは如何様にも無視できない功績である。大事案の解決の糸口を作ったものとし、二階級の昇格を言い渡す。尚、近日における伊邪那岐命いざなぎのみこととの一件を考慮し、それ以上の昇格は見送りとする。って、大国主おおくにぬしが言ってた! まぁ、見送りっていうのは、あんたが高天ヶ原たかまがはら在住になると、人との接点が減っちまう。その、言い訳だね!」


 大国主おおくにぬしも流石に政治家である。言い訳を上手くひり出すのだ。

 宇迦之御魂うかのみたまは、そんなクー子の功績を鼻高々に語った。


「戻るの早すぎですね……」


 と、クー子は苦笑いである。素戔嗚すさのおの隙あらばクー子を昇格させたいという意図が見え見えなのだ。今回だって、裏で手を引いているのは火を見るより明らかだった。


「そりゃ、仕方ないさね! あんたは、誰から見ても有能バリバリ神だ! まぁ、アタシのコマだったんだから当然だがね!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそれが面白くて仕方がない。愛子いとしごの活躍が面白く無い親などいないように、コマの活躍は神には嬉してたまらないのだ。


「ひええ!? 神の昇格に立ち会った!!」


 と、膝の上ではるが恐縮。……も、今更である。


「あんた、宇迦うか様の膝の上だよ……」


 こっそり、葛の葉くずのはが耳打ちするのであった。


「いや、本当にどうやったんだい!? 花毘売はなひめがね、霊能連の情報を神に流してくれるようになって、出処を調べたんだ。すると、大元にあんたが居たんだ! アタシは腰を抜かしそうになったものさね!」


 宇迦之御魂うかのみたまは愉快そうにカカカと笑った。

 それは、神凪かんがぎと花の信頼関係が深まってきた証左だった。愚痴ったり、甘えたり。神凪かんなぎは、そんなことを花に対してできるようになったのである。今となっては、花は神凪かんなぎにとって第二の母だ。


「繋げただけなんですけどね……。本当に能力がある巫女だったので、いろいろ神様の名前を出してみたんです。すると、恐れ多いと固辞するから、神との関わり方も間違えなそうだと思って。それで、花ちゃんに紹介したんです!」


 そう、理由なく主神級の名前を出したわけではなかったのだ。利己的に考える人間であれば、我先にと主神と繋がりたがるはずである。身の程をわきまえ、固辞するところに、大和の神々に対する理解を見出した。


「おかしなものだね! 人嫌いのはずが、一番人と関わってる! そうか!? 嫌いの中に好きを見出そうとするから見つけるのかい!?」


 宇迦之御魂うかのみたまの顔は、この宴を通してずっと、愉快そうにコロコロと表情を変えた。

 なにせ、宇迦之御魂うかのみたまにとって愉快なことがあっちでもこっちでも起こっていたのだ。


「そうかもしれません……」


 クー子はそう言って苦笑した。そして、ふと思った。


「そういえば、道入みちしおじゃないいい人。私、見つけたかもしれません! いつも放送に来てくれる視聴者さんたち、本当にいい人です!」


 いつぞや宇迦之御魂うかのみたまに言い付けられたこと、果たせたのではないかと。

 神だって、嫌いな相手がいた。伊邪那岐いざなぎである。人だって、好きになれる相手がいた。繋がっている。

 だからこそ、クー子は人は怖くないのではないかとふと思った。


「クー子……寂しくなるよ、本当に。あと何年稲荷でいてくれるんだい?」


 不意に、ほろりと宇迦之御魂うかのみたまの瞳から涙がこぼれた。


「どういうことですか!?」


 正一位、主神というのはそうそう誕生しない。


「あんたはね。もうすぐなんだ……。あんたが一番道を早く進むんだ。そんな名前、付けるんじゃなかったよ。あんたは、まるで脱兎だ……」


 主神にとって、神々の歩みはいつも早すぎる。宇迦之御魂うかのみたまには見えてしまった。クー子が稲荷を卒業して、主神になる姿が。


「あの……」


 クー子は首をかしげるも、葛の葉くずのはが説明を引き受けてくれた。


「クーちゃん。下光比売したてるひめのことを知ってるかい? いや、私も伝え聞いただけだけどね……」

「はい、かぐや姫様……」


 クー子が答えるも、葛の葉くずのはは首をそっと横に振った。


阿陀加夜怒志多伎吉比売命あだかやぬしたききひめのみこと、加夜神族の正一位にして、幣立へいたて神宮の主。下光したてる様はね、その名前になる前は、大孁外照毘売命おおひるめそとてらしのひめみことというお名前だったんだ。そう、大孁おおひるめ神族だったんだよ。だが、主神になられて星司ほしのつかさとなられた。そんな風に、正一位になって他の神族になってしまうこともあるんだ。当然、天照大神あまてらすおおみかみ様は、大層お嘆きになったそうだ」


 クー子は自分もそうなると言われているのである。それでも、クー子は胸に手を置いて、その胸を張って言った。


「如何な存在になっても、私は宇迦うか様の元コマです! 何があっても、それは変えたくないし、変わりようもありません!」


 そんなことをいうもので、当然宇迦之御魂うかのみたまは感極まってしまった。


「クー子……あんたは、アタシの誇りだ! わかったよ、あんたが別の神族を起こそうとも、どうなろうともアタシたち稲荷の身内だ!」


 そう言って、宇迦之御魂うかのみたまはクー子を抱き寄せたのである。


「はい、是非ずっと身内で居させてください!」


 いつまでも、いくつになれど、母神の、忘れ難しや、雪のたけなわ。と、クー子は後に詠って送るのであった。

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