第98話・お稲荷大集合

 宇迦之御魂うかのみたまは普段から忙しく、少し遅れて来たのだが、それがまた奇遇なタイミングだったのだ。

 そもそも玉藻前たまものまえが来ている、宇迦之御魂うかのみたまが知らないはずはないのだ。


「あの……あの……」


 はるは二の句が継げなくなっている。真横に、お稲荷さんの代名詞が居るのである。当然だろう。


「なんだい? はるるん」


 道中玉藻前たまものまえが教えたのである。陽のあだ名を……。


「あ、いえ……あの……」


 なおも恐縮しすぎて言葉が出ないはるを助けたのは玉藻前たまものまえだった。


宇迦うか様……。はるるんが可愛そうです。あまりいじめないであげてください……」


 横に並んでいるだけでいじめである。貴人の悲哀がそこにあった。


「たぁーっはっは! すまないねぇはるるん。人と神が入り混じる祭りができるなんて、アタシは嬉しくて……」


 神々は待っている、人間たちが御伽噺おとぎばなしを解く時を。万能ではない神々の、頼られ過ぎても叶えられない苦悩が理解される日を。

 理解されないのであれば、あっちでもこっちでも願をかけられすぎて、それこそ本当に何もできなくなってしまうのだ。

 全知に近づけば近づくほど、行動というのは制限される。なまじすべてが見えてしまうため、与える救いが誰かへの神罰になってしまうことを理解してしまうのだ。


「そそそそ、そんな……」


 そんな名のある神に謝られて、陰陽師はたまったものではない。はるは当然、さらに萎縮した。


「はるるんなくなっちゃいます!」


 玉藻前たまものまえがそう思ってしまうほどに、小さく小さく身を折りたたんでいくのだ。

 そこに、クー子が迎えにやって来る。


「二人共お帰り! それと、宇迦うか様! いらっしゃいませ!」

「クー子、あんたすごいじゃないか! 自分で油揚げ調達なんて、アタシもびっくりした!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまはクー子を誉めそやした。だが、クー子の視線ははるに奪われる。


「あ、はい……。あの、はるるん? すねこすりみたいになってるけど……」


 そう思ってしまうほど、はるは体を小さく折りたたんでいたのである。


「えっうっ……」


 言葉に詰まる陽の代わりに、玉藻前たまものまえが彼女の状況を説明した。


「はるるんが、宇迦うか様にすっごい恐縮しちゃって……」

「アタシなんだから、親しんでくれた方が嬉しいんだけどねぇ……」


 と、宇迦之御魂うかのみたまは困ったような顔をした。


「はるるん、宇迦うか様はすごく優しい神だよ! ほれ!」


 安心させるために、クー子は宇迦之御魂うかのみたまに抱きついてみせた。


「ほーれほれ!」


 抱きつかれた宇迦之御魂うかのみたまは、稲荷奥義のしっぽこちょこちょで返す。


「うは、あはははは! 宇迦うか様! ダメ! 一番上手なんですから!」


 くすぐったさの極めつけは、宇迦之御魂うかのみたまである。なにせしっぽの年季が違うのだ。27億歳は伊達ではない。


「と、このように……、親しみをモテる神様です」


 玉藻前たまものまえはるはチベットスナギツネになったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ようやく、宴が始まった。そして、買い物用のビニール袋から出るわ出るわ無限に油揚げである。


「待って! 待って! どれだけ出るの!?」


 まさかビニール袋の中身がが全部とは思っていなかった。


「あ、クー子様。驚くなかれです、これで半分もお金使えませんでした……」


 今回玉藻前たまものまえ達に持たせたのは三万円、それでこの油揚げである。

 クー子は知らなかったのだ。現代の油揚げの安さを。百円で二枚、まとめて買えばもっと安くなる。


「こりゃ……圧巻だ……」


 宇迦之御魂うかのみたますら、あんぐりと口を開けた。


「掛けまくも畏きと思えども、油揚げはいと安く買ふべし油揚げはとても安く買えるのです


 流石は陰陽師というべきか、陽は祝詞のりと気味に宇迦之御魂うかのみたまに言った。


「いやぁ、人の子すごい! で、はるるん。もうちょい、親しんでおくれよ! ほら、宇迦うかちゃん! ってな!」


 そう呼ばせるのであれば、先に玉藻前たまものまえにクー子と葛の葉くずのはだ。三人が宇迦うかちゃん呼ばわりして初めてはるも考えるだろう。

 考えるだけで、実行は望み薄だが……。


「これが、油揚げなのでございますか!!??」

「そうですぞ! これほどの量は満野狐も始めて見ますが!」

「山盛り……」


 コマ三人組も圧倒されていた。特に美野里狐みのりこである。なにせ、初めての油揚げが目の前にでーんと置いてあるのだ。


「はるるん、こっちおいでよ! ほれ、親睦を深めようじゃないか!」


 宇迦之御魂うかのみたまはるを膝の上に乗せようとする。


「畏れ多く……ご容赦を……ッ!」


 はるはもはやガッチガチである。クー子にようやくなれたと思ったら、その主神が出てきて大混乱だ。


「あぁ! もう、始まらないねぇ!!」


 葛の葉くずのはは笑い転げた。緊張するはるも、大興奮の後輩稲荷たちも、可笑しくて可愛くて仕方がないのである。


「では、不肖玉藻前たまものまえ! 腕を振るわせていただきます!」


 楽しい勢いに任せて、玉藻前たまものまえは席を立つ。


「お手伝いいたしますか?」


 と、釣られて蛍丸も立つが、それを葛の葉くずのはが制した。


「あんたは主催側だ! アタシが行く!」

「あ、母様! 待ってくれよ!」


 と、はるはついていこうとするも、ダメである。


「あんたは、こっち!」


 宇迦之御魂うかのみたまがそうはさせじと、圧をかけているのだ。


「ご勘弁を! 何卒! 何卒!!」


 悲鳴である。手を合わせ、膝は流石に……と、はるは平伏した。


「行っちゃえ行っちゃえ!」


 クー子は煽る。

 結局、はる宇迦之御魂うかのみたまの膝に座ることになった。正一位の神の膝に座った初の人間である。


「安心……」


 と、しっぽで戯れられている逆隣の渡芽わためはるに声をかけた。


「ひええ、俺……なんてことを……」


 陽の受難は続く。この宴の終わりまで。

 これで、妲己を除く、クー子の稲荷友神ゆうじん大集合だ。これほどお稲荷が一箇所に集まることも、そうそう無い。

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