外なる姿

第97話・黄金の大宴会

 やがて、雪が降り始めた。遅池峰山おそちねさんは、山頂から麓に至るまで雪景色。

 そんな、何もかもが眠ってしまいそうな寒さのある日に、クー子の社には精神的な春が訪れていたのである。


「第二回! 収益召喚の儀!!」

「甘酒をたっぷり作りましょうぞ! 祭りでございます!」

「甘酒!」


 渡芽はすっかり甘酒が大好きであった。前回、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろで飲んだ甘酒が忘れられないのである。

 仕方がないのだ。なにせ、神が直接作ったのだ。美味は保証されている。ついでに霊験あらたかときて、非の打ち所がないのだ。


「んで、そのご相伴に与れる代わりに、油揚げの買い出しに行けと?」


 ちゃっかり、幽世かくりよはるが居た。


「ま、いいじゃないか! 平安以来だよ、神と並んでの神遊び!」


 ついでに母である葛の葉くずのはまで居るのである。そのせいで、陽はチベットスナギツネのような表情なのだが……。


「いや、光栄なんだよ。光栄なんだけど……、俺呼ばれすぎじゃね?」


 陽にも当然、利益はあった。神が作った食事を食べるたびに、加護のようなものを得る気がする。それに、この前は、神器をもらった。セーラー服ではあるのだが、超強力だ。


「ごめんなさい、私たちまでご相伴に預かっちゃって……放送に協力したの最後だけなのに……」

美野里狐みのりこは、初油揚げでございます!」


 と、玉藻前たまものまえとそのコマが言った。


「たまちゃんには、レシピを提供してもらいます!」


 なので無問題もうまんたいと、クー子は胸をドンと叩いた。


「油揚げって稲荷の方々にとって、一体なんなのですか?」


 イマイチ乗り切れていないのが蛍丸。違う神族であるが故に、価値観が違うのだ。


「食べてみればわかるよ!」


 と、ニヤケ顔のクー子。なにせ今日は玉藻前たまものまえが居る。稲荷一の料理上手である。

 稲荷にとって、油揚げは別格。だが、玉藻前たまものまえなら他の神族や人間相手でも絶品を作れる。だから、自信があるのだ。


「それは、とても楽しみになってまいりました!」


 クー子の言うことは多くの場合正しい。だから蛍丸はそれを信用したのである。


「せ、責任重大です……」


 玉藻前たまものまえは緊張した。だが、クー子が求めているのは、いつもどおりの料理である。


「あ、そうだ。謝らなきゃ……。泰親やすちかのこと、本当にすみませんでした。あれは、本当にひどい冤罪でした……」


 はるは頭を深く下げる。はる玉藻前たまものまえは、これにて初対面である。

 とはいえ、当時の玉藻前たまものまえは、時代にそぐわない妻であった。旦那をとことんまで甘やかしてしまい、養ってしまう。冤罪をかけらられ安いのは当然である。


「改めて本当にすまなかった……」


 晴明せいめいの子孫ということは、葛の葉くずのはの子孫である。はると一緒に頭を下げた。


「いえいえ! 気にしないでくださいよ! 私、嫌われて当然でしたし……」


 玉藻前たまものまえの妖力は、子供が欲しいという欲望から発生している。玉藻前の子煩悩は、非常に稲荷らしい。だが、それを自分の夫に発揮してしまったのが良くなかっただけだ。


「いや、それでも……すみませんでした」


 と、はるは頭を下げるも、玉藻前たまものまえは咆吼した。


「それで宇迦うか様に拾ってもらったんです! いいことの方が多かったので、これで終わりです!!」


 そのことがなければ、宇迦之御魂うかのみたまに拾われることもなかったのである。そして今は、我が子ではないものの美野里狐みのりこも居る。だから、玉藻前たまものまえは幸せだった。


「それなら、よ、良かったです……」


 気圧されて後ずさる、はる


「たまちゃん様……冤罪だったのですか?」


 美野里狐みのりこは心配そうな目で、玉藻前たまものまえを見る。冤罪は辛いものである。


「昔のことだよー! もう気にしてないし、おかげで美野里狐みのりこに会えたから、塞翁が馬さいおうがうま※結果オーライの意味だよね!」


 と、玉藻前たまものまえが幸せそうに笑うもので、美野里狐みのりこは安心する。

 それを見ていて、こらえきれなかったのがはるである。


「ぶふっ……」


 と、吹き出す陽を葛の葉くずのはが小突いた。


「気持ちはわかる……」


 小さな声で耳打ちをしながら。

 なにせ、従一位がそんなに親しまれて呼ばれているのである。流石に従一位ともなれば、と思っていたのに、神の気安さに驚いてしまったのだ。


「今ではみんな、たまちゃんだよね!」


 と、クー子が言うと、玉藻前たまものまえの右ストレートがクー子に飛んでいく。


「誰のせいですか!? 誰の!!!」


 そう、クー子のせいなのだ。クー子がたまちゃんを広げてしまったのだ。


「あ、そうだ。蛍丸と、美野里狐みのりこはるもあだ名を付けようじゃないか!」


 忘れていたとばかりに、手を叩く葛の葉くずのは。一緒にあだ名を付けて巻き込む、そう呼べと……。


「待って母様かかさま! 俺も、神々をそう呼ぶの!?」


 と、冷や汗だらだらで訊ねる。


「どうせ、あんたもいずれ稲荷だ! 身内みたいなもんさ! アタシの子だしね!」


 こうなった葛の葉くずのはは止まらなかった。


「あだ名……嬉しく思います! どうぞ、お親しみ頂ける名を!」


 蛍丸は乗り気である、むしろ待っていましたとばかりだ。


「あんたは決まってるんだ! ほたるん! これでどうだ!?」


 それは蛍丸が思っているより、ずっと可愛らしいあだ名で、彼女は恐縮してしまった。


「おかしくありませんか? 私には、可愛らしすぎる気が……」


 神に狛に人と、多種多様な存在たちが一斉に答える。


「「「お似合いだよ!」」」


 と……。

 可愛らしい彼女に、お似合いのあだ名だ。彼女が気に入れば、それでいいのである。


「なら、拝名仕ります」


 蛍丸はそのあだ名を、無駄に謹んで承った。

 この三人は、あだ名が似通ってしまった。なにせ、ほたるんにみのりん、それからはるるんである。はるがチベットスナギツネになってしまったのは、言うまでもないことである。


 あだ名の命名が終わると、陽は油揚げの買い出しに向かう。

 そのために持たされたのが、10万円近いお金で、玉藻前たまものまえも同行することになった。稲荷たちは、十万円で買える油揚げの量を、まだ知らない……。



―――

本日は神仏紹介があったので、二話更新させていただくことができました!

ですが申し訳ございません、明日から一話更新です。待ち時間増えるかと存じますが、完結までお付き合いいただけると幸いでございます!

どうぞ、よろしくお願いします!

また現在、本作品クー子には外伝ができました。

クー子世界線のアダムとイブの物語です。クー子同様、神話の欲張りセットな世界観を維持しております。そこがお気に入りという方はぜひぜひご一読くださいませ!


アダム・トラベラー~楽園追放とか言われてるけど、本当は神々と食い倒れツアーしてただけだった件~

https://kakuyomu.jp/works/16817330651837304754

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