第94話・夢を描く

 玉藻前たまものまえの話は、食事をしながら始まったのである。


「今日来たのは、ヴァチカン法皇さんをはじめとして、一部宗教組織が黄金の夜明けアレイスター派を邪教として認定してくれたんですよ。重要な宗教的遺産を穢す危険性が高いとして……」


 人間界でのニュース、それの多くは神倭かむやまと家を経由して、神々の世界に入ってくる。

 宗教的遺産には、当然エルサレムだって含んでいる。だから、キリスト教とてそれを看過することはできない。


「蛍丸ちゃん、これ美味しいよ! たまちゃんのレシピじゃないよね? オリジナル!?」


 と、素知らぬ顔のクー子。


「ありがとう。ですが……」


 それを見て、蛍丸は気まずそうな顔をしていた。


「聞いてください!」


 玉藻前たまものまえは咆吼した。食事に夢中のクー子を振り向かせねばと、身を乗り出して。


「あ、うん! ごめんごめん。それじゃあ、人間の世界もアレイスター派廃絶に向けて動くのかな?」


 クー子は一応聞いていた。サボリ屋というわけではないのだ。ただ、ポンコツであるだけで……。


「それはそうだと思うのですが……。思兼おもいかね様から、あの石はもらいましたよね?」


 現在、かなりの神々がそれを持っている。そして、持っている神は、鍋石に特に多く分布している。


「うん……」


 その石は、アレイスターの居場所を光で指し示す。だが、そもそも複数で、それは少ないと言えなかったのだ。元々の姿が人である神や、人化が得意な稲荷などが現在人間に紛れて調査している。


「取り出してください」


 と、玉藻前たまものまえが言うので、クー子はそれを取り出した。


「な、なんか針山みたいになってる!?」


 そう、その光は増えていたのだ。そしてそれは、真上すら指し示している。


「そう、光がどんどん増えていくんです。調査のしようがありません」


 神々はほとほと困り果てていた。アレイスターという、ただのサタニストな人間に翻弄されているのだ。


「クー子様!? こんな時に術など……」


 コマ達にとってはクー子が全知全能だ。だが、そんなものはどこにも存在しない。到れるのは、全ての命が栄に栄えたその先の八栄えのみである。

 だから、美野里狐みのりこもあるいはと思ってしまったのである。


「ごめん、私も万能ではないんだ……」


 クー子は歯噛みした。それができれば、どれほど格好がいいものかと思った。


「ですが、クー子様は術の再現に尽力されたのです!」


 と、みゃーこはフォローをした。


美野里狐みのりこ。クー子様はね、それだけじゃないんだよ。本当は人間なんて怖いのに、人間とのパイプもクー子様が作ってるの!」


 なんて、玉藻前たまものまえがいうものだからもう大変だ。


「やはり、クー子様は、いと尊き神様なのでございますね!」


 万能ではないながらも、ポンコツの部分は全く理解されない。少なくとも、クー子は美野里狐みのりこの前でも、格好をつけなくてはいけなくなってしまった。


「あはは……」


 困ったように笑うクー子。


「すごい神様!」


 と渡芽わためもフンスと息を吐いて言う。


「なるほど、困ったときのクー子様なのでございますね」


 蛍丸は、そう得心したように言う。


「お手柔らかに……」


 これはたまらないと、クー子は苦笑いが止まらなかった。


「なんだかんだ、とっても頼りになる方ではありますよ」


 と、玉藻前たまものまえまで乗っかるもので、クー子は助けを求めた。


「たまちゃん……私自信ないよぉ……」


 ほとほと困り果てているのだ。何でもかんでもできるわけではない。


「と、可愛らしい一面もある方です!」


 玉藻前たまものまえは、さらにわざと持ち上げて、クー子を困らせる。所謂いわゆる悪ノリなのだ。


「わかった、明日から人間にもたまちゃんを広めるね!」


 クー子は反撃した。必ず邪智暴虐の玉藻前たまものまえをここに下さんと、決戦にも似た覚悟を決めた。


「それだけはご勘弁を! クー子様は、万能ではないんです! できないことも、当然ある不完全な神の一柱なのです!」


 だから、玉藻前たまものまえは全面降伏した。このままでは、玉藻前たまものまえの別名としてたまちゃんが広がり、家守神族の一面を持つと曲解されてしまうのだ。そうなってはたまらなかった。


「ちゃん様? こんなに、団欒だんらんしていていいのでしょうか? 真面目な話なのでございますよね?」


 美野里狐みのりこは不安に思った。こんなことでは、いざという時に力を発揮できないのではないかと。


「神が大和民族に似たのか、大和民族が神に似たのか……神々永遠の謎だよね」


 そう、その態度は大和民族に似ている。いざという時以外、基本的にのんべんだらりだ。平和ボケと揶揄されることすらあるが、そもそも戦いなど大嫌いである。


「日本人……そんな?」


 と、渡芽わためは疑問に思った。彼女の両親はいつもギスギスしていたから。


「そんなだよ! 昔は、お祭りできればなんでもいいみたいな民族だったなぁ……」


 そんな時代は本当にあった。何かにかこつけて遊んで踊って盛り上がって。

 ウェーイ系ならぬワッショイ系民族だったのである。ただ、神と一緒に遊んだ民族。礼儀正しくワッショイだったのだ。


「その時代に生まれたかったものです……」


 と、みゃーこ。少し残念に思い、つぶやいたのだ。


「みゃーこ、任せてください! いつか、そんな時代を再来させますよ!」


 玉藻前たまものまえは決意を胸に、言った。神なんてやる理由は、それだけだ。そしてその暁には、人も神も入り混じって歌い踊る。そんな、大規模な神遊びがしたいのだ。


「夢物語に思えるような、でも本当にそうしてしまいそうに思えます」


 なったのであれば、暁まで踊り明かしたい。蛍丸は、懐古の情と共にそう思ったのであった。

 限りない者たちが、夢を描く。これは、それを成就させるための、夢物語である。

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