第87話・解釈摩擦

 変わらぬ日常が流れていく。有事など、何処へやらだ……。


「クーちゃん……本当にアタシが出ていいのかい?」


 葛の葉くずのはは不安な様子だった。

 前世のある陽はしっかりもので、クー子のコマ達もよくなついている。だから、葛の葉くずのはも任せること自体に不安はない。

 だが、稲荷神族が放送に露出することについては、わずかばかり不安が有る。

 結局、善悪の最終的な判断は、宇迦之御魂うかのみたまなのだ。彼女が出演している以上、クー子の放送は悪ではない。それに……。


「今月は、多分うちだけじゃ消費しきれない油揚げが買えちゃうんですよ! 出演してくれれば、おすそわけの言い訳ができるんですけどねぇ……」


 やけにニヤついたクー子。


「それを早く言えってのよ!!」


 葛の葉くずのはも、狐である。油揚げ、その言葉に抗えるのは、それをまだ食べたことのない狐のみである。


「くじゅ様もお好きですね……」


 口元を押さえ、プププといやらしい笑みを浮かべるクー子。まるで仲のいい姉妹のように冗談をぶつけ合う。


「そりゃ、すきに決まってるってものさ! ところで、クー子。人のお金を人にしっかり返すんだね。関心だよ……」


 クー子は貯金をすることで、ゆっくりと油揚げをを貯めることもできる。だが、クー子は神だ。人間とは別の通貨を使っている。だから、人間社会の血液であるお金は、あまりたくさん保有すべきではないのだ。


「当然です!」


 と言って、威張ってみせるクー子。葛の葉くずのはの前では、彼女の無邪気な姿が顔をのぞかせる。


「で、名前はどうするんだい?」


 葛の葉くずのははそれが気になっていた。


「タマちゃんは人間の間で有名ですが、くじゅ様は、案外そうでもないんですよね。ここで、神使葛の葉くずのはの知名度向上も測りましょう!」


 陰陽師として有名な安倍晴明あべのせいめい、その知名度の割に母親までは知られていない。クー子はそれが、少し悲しかった。お世話になった相手、その知名度もどうせならあげたかったのである。


「大丈夫かい!? バレないのかい?」


 葛の葉くずのははそれが不安である。だが、クー子の認識は最近変わったのだ。


「実はですね……宇迦うか様の偽物が存在するんですよ!」


 吹っ切れて名乗ってしまえば逆にバレない。偽之御魂にせのみたまの登場で、そんな気がし始めたのである。


「なら、それでやってみるか!」


 葛の葉くずのはは、放送を承諾した。此処に、狐VTuber葛の葉くずのはが誕生したのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「こんこんにちはー! 稲野在住、お狐系、神様系VTuber稲荷クー子です!」


 クー子は、パーソナリティ全開で放送を開始した。


「はい、こんこんにちは! 安倍晴明のママこと葛の葉くずのはさ!」


 葛の葉もそれに続く。

 だが、大誤算が発動する。


マジコイキツネスキー大佐:今度は正体を現すことで、逆にそういう設定って思わせようって狙いか!?

チベ★スナ:汚い、さすが狐妖怪汚い!

そぉい!:これまでさんざん誤魔化そうとしてたんだ、これだってごまかしの一環って分かるぞ!

ポリゴン:神妙にせよ!

みっちー:あはは……、視聴者さん訓練されすぎ……


 そう、クー子の視聴者は、クー子をからかうのが大好きなのである。

 からかうためなら、クー子のそれが真実であると扱うのは、至極当然だ。それが設定であることを口にするのは、野暮の極みと思っている。


「なんでぇ!!??」


 クー子の作戦は見事粉砕された。


「あんた! 全然ダメじゃないか! バレバレだよバレバレ! どうすんのさ!?」


 葛の葉くずのははクー子を責め、軽くひっぱたく。

 本当にバレてしまったのだと、葛の葉くずのはは大いに焦っていた。宇迦之御魂うかのみたまにどう言い訳をするのか、脳をフル回転させて考える。


コサック農家:安倍晴明のママ……ロリ狐かよ!!?? くっそ羨ましい!

マジコイキツネスキー大佐:それな!

チベ★スナ:ロリ狐おかんもいいが、お姉ちゃん系ママのクー子ちゃんも捨てがたい……。


「こうなっちゃ仕方ない……宇迦うか様に頼んで、記憶を消してもらうしか……」


 最悪、その手段が取れる。宇迦之御魂うかのみたま……正一位は、本当に何でもアリなのだ。

 奏上だが、葛の葉くずのはも基本的に玉藻前たまものまえの素通しの対象である。玉藻前たまものまえは、この二柱を心から信頼しているのだ。


コサック農家:ひえ!?

宇迦うかちゃん★:そんなこと、しません!


 そして、そこに偽之御魂にせのみたまが登場するから、話はどんどんややこしくなった。


「う、宇迦うか様!!??」


 奇遇にも、Linneでの名前と一字一句同じ。なら、葛の葉くずのはが本物だと思うのも無理はなかった。


「え、えと……えと……」


 どう説明したものかと、焦りながらも考えるクー子。


「どどどどど、どうするんだい!? 宇迦うか様に見られちまってるよ! どうするんだい!?」


 焦りまくる葛の葉くずのは


「セーマン、セーマン……」


 困りすぎたクー子は、金牌術きんぱいじゅつを使おうとした。だが、安倍晴明あべのせいめい御霊みたまは現し世にあり。つまり、術は発動しないのだ。


「出来るわけないだろ!!?? なんとかしろ、このポンコツ!」


 クー子が、普段ポンコツなのは、神として自立した稲荷の全てが知るところである。


そぉい!:あーこれこれ……。この、グダグダ感……。これのために生きてる……

みっちー:癒しだよねー

マジコイキツネスキー大佐:クー子ちゃんはこれなんですよ! ポンコツお姉ちゃんなのがたまらんのです!

宇迦うかちゃん★:流石クー子さん!


 葛の葉くずのはは、そんなポンコツなクー子が賞賛されているのが、腑に落ちないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る