第86話・母様

 次の日のことである、クー子の幽世かくりよは最近は千客万来だ。その日は、葛の葉くずのはが陽を伴って現れた。

 土曜日だったのだ。陽もその日は学校が休みなのであった。


「よ! クーちゃん! 陽が、うちの神社に来たよー!」


 その時、クー子はコマ達の神楽の練習に付き合っていた。渡芽わための神楽も、コマ卒業までの及第点と言ってもいい。それほどに、上達をしていた。


「あ、葛の葉くずのは様!」


 そう言って、立とうとするクー子を葛の葉くずのはは、手で制した。


「続けておくれよ、どうせだから見ようじゃないか! な、ハル!」


 葛の葉くずのはは、あだ名を付けるようになった。そこで、前世の晴明はるあきという名前、そのあだ名もどう考えてもハルだったのだ。


「あ、確かに! 見てみたい! 神の神楽!」


 神楽といえば、やはり神である。発祥は、天細女あめのうずめだ。現役陰陽師が、それを目撃する機会を与えられて、黙っているはずもなかった。


「じゃあ、二人とも、見せてあげてくれる?」


 大勢の前で踊ったことがある二人だが、それでも知人の前だと緊張するかもしれない。そう思ったから、クー子は問を投げたのである。


「ん!」

「無論です!」


 だが、二人にとってはそんなことは無いようである。むしろそこには、自負があった。上手く踊れると言う自負が……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その舞を見たはるは、率直な感想を述べる。


「いや、すごいなおい!? で、歌は貴狛あのこまと、似てる……気がする」


 はるは圧倒されていた。二人共立派に舞ったのだ。それは、はるが思っているよりもずっと完成度が高かった。神楽の起源ここにありと、堂々と宣言されたかのようだったのだ。


「そりゃ似てるさ! 貴狛あのこまの元になったのが、吾狛あがこまだからね!」


 葛の葉くずのはは、そう言って教えた。

 貴狛あのこまは、平安の神職たちは一応知っていた歌である。そして、その二つを元に作られたのが、其駒そのこまである。


「似てるわけだ……。いや、しかしすごいな! 二人共、すごく練習したんじゃないか?」


 舞自体が、素晴らしかったと、はるは二人に伝えたかった。


「だね! はるはもうちょっと下手だろうさ!」


 そう言って、葛の葉くずのはは豪快に笑った。


「頑張った!」


 フンスと胸を張る渡芽わため


「この道二十年以上ですから!」


 と、また年齢マウントを取りに行くみゃーこ。


「母様、そりゃないぜ! 今生じゃ、練習の機会がないんだよ!」


 はる葛の葉くずのはに文句を言った。前世では、巫女舞ではなく、宮司として舞っていた。だから、男の舞はしっかりとできるのである。


「どうせなんだ、両方舞える方がいいさ!」


 できることなどというものは、多いほうがいい。葛の葉くずのはは、ただただそう思っていた。


「うん、おいおい練習したいんだけど、場所がなぁ……」


 それは、陽の苦悩だった。神楽舞はいろいろな意味を持ち、中には御魂移みたまうつしの祭りという強力なものもある。生贄が必要だが、死者蘇生が可能なものすら……。

 ただし、神がその祭りを行えば、膨大な神通力で生贄を肩代わりできる。正一位総動員レベルの神通力が必要だが……。


「あ、うちでやる?」


 クー子は、それで解決と手を叩いた。


「いいのか!?」


 と、はるは驚くも、ダメなら最初から言っていないのである。


「勿論! 葛の葉くずのは様も、それでいいですよね!?」


 クー子は、聞くまでもない確認をした。


「いいんだがね……。クーちゃんはいつになったら、あだ名で呼んでくれるんだい!?」


 あまり、馴染みがないだけに忘れていたのである。だから、葛の葉くずのはは少し語気を強めていった。


「あ、ごめんなさい……くじゅさま……」


 クー子は今一度、今度こそあだ名で呼ぶ癖をつけるのだと心に誓う。


母様かかさまは、どこいっても母様かかさまだなぁ!」


 はるも、葛の葉くずのはの子。豪快に笑う様は瓜二つだった。

 ふと、はるは気になった。


「あれ? 今って緊急時だよな?」


 そう、例大祭が中断されるほどの大事の真っ最中である。


「うん、そうだね……」


 クー子はよくわからないまま答えた。


「の割には平和すぎね?」


 それが、はるには疑問すぎて仕方なかったのである。


「できることがないのに、慌てふためいてどうするのさ? もう、祓いのかめは一つ使ってあるし、あとは大祓おおはらえまではコネ作り。ハルあんたも立派なコネなんだよ! よろしくね、人の子!」


 神は寒暖差で風邪をひくほど、メリハリがはっきりしている。故に、緊急時でも、いざ動くとき以外はのんびりだ。

 流石に、祭りで神が高天ヶ原たかまがはらに拘束されるのがまずいだけである。


「お、おう!」


 と、引き気味にはるが答えたところに、蛍丸がやってきた。


「お茶が入りました」


 人に戻れるようになった蛍丸は、とくに味覚に夢中なのだ。

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