第83話・カンナギ

 次の日のことである。午後、クー子の元に怪しいダイレクトメールが届いた。


『初めまして、霊能連総長を努めます、神凪かんなぎあおいと申します。本日ご連絡申し上げたのは、クー子様が、神道の神様と面識を持つ可能性を考えたからです。お力をお貸しください! 我々は、呪いや霊障に対抗する組織です』


 本物の霊障、それは少なからず存在する。これが、クー子が余裕で狐バレしてしまうタイプの相手なのだ。彼らは、神やあやかしなどの超常は、存在するのが前提ですらある。

 それを目撃することができない解釈が違うだけである。

 クー子は焦った、本当の霊能者かどうか、それを確かめる方法がわからないのである。

 術といえば、八意思兼である、そこでクー子は術をで通話を試みることにした。所謂、畏みカシコミである。


「クルム、ちょっとみゃーこと一緒にさかきの枝とってきてくれない?」


 手伝いを頼む、それはコマにとって自己評価を高める手段になる。だから、クー子はできそうなことは全て頼むことにしている。


「ん!」

「では、満野狐みやこは、鳥居用の枝を持ってまいります!」


 いつかの再来であった。

 クー子はさかきの枝を求めた、よって頼まれた渡芽わためは、さかきを容易く手折る力を得る。そもそもさかきは、神器に同じく不壊ふえである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 しばらくして、渡芽わためとみゃーこが戻った。

 二人が、幽世かくりよの外に行っている間、クー子は幽世かくりよ内の浄化を行った。無駄に清浄な空気が出来上がっている。

 そこで、クー子は術を発動した。


高天ヶ原たかまがはらに神坐ります。八意やごころみことの主、八意思兼神やごころおもいかねのかみへ、かしこかしこみみ申す」


 思兼おもいかねは主神である。みこと……つまり命令を与えられる側ではなく、与える側である。よって、命の主みことのあるじと表現されるのである。


『おや、クー子。最近は本当にご縁がありますね。さて、御用はなんでしょうか?』


 やはり、この術は少しだけ手順が冗長だと感じたクー子。


「実は、術者と思わしき人の子に、神と面識があると思われていまして……」


 本当は、冷や汗がダラダラである。人間にバレるのは、基本的にダメだ。だが……。


『まずは、連絡を交わしましょう。普段、神々が行っている術で連絡してもらえば、本当に術者なのかどうかがわかります。そこで、住所などを確認して、その場に向かえば、どんな道の道入みちしおかもつまびらかとなるでしょう』


 今は緊急時。人間の術師、それが善の道かあるいは悪の道か。どちらの場合でも取り入って、情報を搾り取らなければいけない。

 アレイスター・クロウリーに繋がる可能性だってもちろんある。無視はできないのだ。


「分かりました! それで、やってみたいと思います!」


 ただ、人間の術でクー子が呼びかけられたことはない。それに、長い歴史を見ても、答えた神はほぼいないのである。

 平安時代以来に、応える必要が出てきた。今、この世界は、平安時代以上に魔術大戦中だ。


『はい、ぜひお願いします』


 だから、神々は、人の目を得なくてはいけない。

 通信はそこで終了した。


「クルム、みゃーこ。もうちょっと待ってね」


 待たせてしまうのは申し訳ないと思いつつも、神としての仕事も放置するわけには行かない。


「ん!」


 と、渡芽わためがうなづく。

「頑張ってらっしゃる我らの神様を、どうしてとがめられましょう! それよりも、二人で練習をしても?」


 みゃーこのそれは妙案だった。みゃーこはもう、教えるところがないほどにしっかり踊れる。

 渡芽わためは、その動きのみやびに魅了されていくらでも練習したかった。それは、奇しくも、芸事げいごとの道の歩みを進めることだった。好きこそ物の上手なれで、研鑽を繰り返すことが、この道の進み方である。


「おぉ……」


 渡芽わためは、みゃーこの案に感心した。


「うん! 勿論いいよ!」


 止める理由はなかった。渡芽わための体はもう神のもの。オーバーワークは、運動では引き起こせない。


「では、行ってまいります!」


 そう言って、中庭に移動する二人をクー子は見送った。


「いってらっしゃい!」


 改めて、クー子の独り言。二人が見えなくなったあとに……。


「なんでうちに来るとみんな、一回はオーバーワークするんだろう……」


 したのは、蛍丸である。寝るときくらいは、刀に戻ればいいものの、人化したまま眠っていた。結果、神通力が枯渇して今は、刀の姿で意識ごとシャットダウンしているのである。

 それから、クー子は術の使い方を説明した。


『ご連絡ありがとうございます、稲荷駆兎狐と申します。よろしければ、以下のことを実行してください。まず、サカキを用意していただき、以下のように唱えてください。“豊葦原とよあしはら中津国なかつくに神留坐かむずまります。稲荷のみこと賜りし稲荷駆兎狐様へ、畏み畏み申す”。様が、術の発動のために必要であるため、自己敬称失礼いたしました』


 今回は協力を求められている立場である。祝詞構文を使うほどには、クー子はかしこまらなかった。

 この術だが、名前は略式でも大丈夫だ。要するに必要なのは、相手を尊重することと、相手を少しでも知っていることである。

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