第81話・わちゃわちゃ

 経て、夜になり、放送の時間となった。

 困ったことに、渡芽わためは放送のせいで離れ離れになることを、寂しがった。よって、本日は四人での放送となった。


「こんこんにちはー! クー子です! 今日はうちの子たちと一緒に放送やっていきますよ!」


 クー子は学ぶ神である。うっかりコマなどと口を滑らせない。


「ヤコでございます! クー子様の子なのに野の狐です!」


 野狐という妖怪がいる。読んで字のごとく、野良の狐だ。そもそも野狐というのは、神格を得ていない狐のことである。みゃーこはもうすぐ神格を得るため、野狐卒業だ。次は仙狐である。


「わたー!」


 渡芽わためは、喜び勇んで手を挙げた。余談……、渡芽わためは野狐ではない。稲荷神族の肉体であり、飛び級である。


「あ、あの……。ほたるんです……」


 蛍丸は、クー子に名付けられたハンドルネームが恥ずかしかった。

 九百歳を間近に、こんなに若々しい名前では……なんてことを思った。だが、どちらかというと、蛍丸はその外見が幼い。即ち、もっと可愛らしいハンドルネームでも、余裕で似合ったのである。


マジコイキツネスキー大佐:わたちゃんが、狐度アップしてるだと!?

チベ★スナ:ケモ度2だと!?

ポリゴン:モデルのリアリティと数にはもう突っ込まないからな!

そぉい!:一体クー子ちゃんにはどれだけの財力があるんだか……。

みっちー:ほたるんちゃんのモデルももちろん……?

コサック農家:あの、わた氏? えらくくつろいでらっしゃるが……。


 クー子は少し笑ってしまった。いつものを、求められているのだ。


「手作り!」


 これがなければ、始まらないといったレベルである。

 ケモ度という指数がある。クー子は現在ケモ度1に分類される。それはみゃーこも同様。蛍丸だけは0。逆に渡芽わためは、狐基準で毛が生えているような状態で人化を止めている。そのためケモ度は2に分類される。


「もふもふ……」


 得てして、幼子は自由である。渡芽わためはクー子の膝の上である。クー子はその渡芽わために、尻尾を乗せていた。さながら掛け布団である。


「こんなにくつろいでていいのでしょうか?」


 蛍丸は心配だった。これが、一種の商売であると聞いていた。

 蛍丸は、人知を超えて古い神仏じんぶつである。故に、こんな商売の方法があるとは知らなかった。だが、渡芽わための態度が成立しなければ熊猫ぱんだの展示が成立しない。

 可愛いヤツがだらけているのは、めちゃくちゃ可愛いのである。


チベ★スナ:眼福ですが(キレ気味)

マジコイキツネスキー大佐:ケモ度2がだらけてるとか、最高に決まってる。しかも狐だぞ! でー、ホンドギツネベースかな?

コサック農家:詳しすぎて草生える

そぉい!:俺知ってるぞ! コサックキツネっていたよな?


 コサックキツネ、主に中央アジアの乾燥帯に生息する色素薄めの狐である。


「視聴者さんが言うことが正義! わたちゃんは可愛いので正義!」


 クー子はそう言い切った。まるで、よくなついた猫のような愛らしさである。イヌ科なのに……。


「あぁ、そういえばお礼を申しておりませんよ! クー子様!」


 クー子はハッとした。


「あ、視聴者さん! ありがとうございます! 先月は油揚げたくさん買えました!」


 油揚げ代であると考えれば、五千円はかなりのものだ。近年の油揚げは安く、百円均一の商店などでも買うことができてしまう。

 ただし、稲荷神族の油揚げ消費量は常軌を逸する。しかも、半額は渡芽わための肉体づくりのために、プロテインに消えたのだ。

 当然、月末まで油揚げは持たなかった。


マジコイキツネスキー大佐:スーパーチャット5000円:あ、そっか。中の人は居るんだ!

チベ★スナ:スーパーチャット5000円:忘れてたぜ! これ、解釈一致なのでお収めください。

コサック農家:スーパーチャット5000円:ついでに明日、稲荷神社に油揚げ納に行こう……

そぉい!:スーパーチャット5000円:流れでスパチャだけど、一体どれだけ油揚げ買えるんだ!?

ポリゴン:スーパーチャット5000円:乗るしかない! このビックウェーブ!

みっちー:スーパーチャット50000円:じゃあ、私も!


 クー子の視聴者たちは忘れていた。完全に架空の存在だけを相手にしているつもりになっていた。アニメでも見ている気分だったのだ。


「待って! 特にみっちーさん待って! 桁、間違えてない!?」


 みっちーは、言ってしまえば富豪である。なにせ、VTuber企業最王手の秋葉家代表取締役だ。こんなところにいるが、シャッチョさんである。


「クー子様! 来月は毎食油揚げでも余るかもしれませんよ!」


 クー子は食費以上を求めていない。だが、余れば他の稲荷神族に分ければ良いだけである。主に葛の葉くずのはなどである。

 みゃーこはそれを示唆したかった。


「油揚げ……」


 思ってたよりも……で、一旦落胆してしまった渡芽わため。だが、次に食べるときは稲荷神族の体だ。


「狐が油揚げ好きって、本当だったんですね……」


 と、少し蛍丸は呆れたのであった。


「当然! あれは、お狐にとって麻薬だよ!」


 身体依存なし、悪影響なしの麻薬である。まさに、夢の産物である。

 余談……。体に悪影響があるものは、神は本能的に避けてしまうのである。

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