第80話・偽之御魂

 午後になって、思兼おもいかねが帰った後の話である。

 クー子は、ツブヤイッターにダイレクトメールが届いていることに気づいた。


『初めまして! これから、宇迦うかちゃん★という名義で狐系VTuber活動を始めようと思っています。キャラクターのモデルとして、宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様を用いさせて頂くつもりです。クー子様が用いていらっしゃる、“こんこんにちは”の挨拶が、私の目にはとても魅力的に映りました。当チャンネルでも、使わせていただくことは可能でしょうか?』


 それはあろう事か、宇迦之御魂うかのみたまのLinneユーザーネームと一致してしまっていた。だから、クー子は宇迦之御魂うかのみたま本人と思って返信してしまったのである。


『あ、全然問題ありませんよ! というより宇迦うか様なら、全く気にせず使っちゃってください! ところで……設定ってなんですか?』


 クー子は何も演じていない。それが故に、とてつもない演技力に見えているだけである。

 受け取った側は慌てる。だが、演技を第一にしているというクー子の印象がいい方向に作用したのである。

 返信はすぐに来た。デビューの準備に全力だったのである。


『さすがのプロ意識です! 本当に宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様が居るのかもしれないと、思っちゃいました! よければ、ThisCodeでお話しませんか? URL:https://thiscode.gg/wjeRda7H2a』


 クー子は焦った。本物ではないと、ようやく理解した。宇迦之御魂うかのみたまを演じているだけの、一般人であると。間違っても正一位の神階を保持する、一般神ではないと。

 焦って、そのままの勢いで、リンクをクリックした。


『こんにちは! 早速ThisCode追加ありがとうございます! 宇迦うかちゃん★(予定)です! よろしくお願いします!』


 なんというか、元気な人である。クー子はそう思った。

 本物の宇迦之御魂うかのみたまはと言うと、クー子のチャンネルに出演済みだ。ミカちゃんという名前で……。

 なかなかにカオスである。


『こんにちは! クー子です! 私の設定では、宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様はいらっしゃるんです! 高天ヶ原に神坐かむずまっていらっしゃるんです!』


 だが、慌てるクー子はより怪しく見えるような態度を取ってしまう。それを、人間たちの常識がサポートする。

 本当に宇迦之御魂うかのみたまが居るなどと、思わない人間がほとんどだ。ただ、先祖代々の神々であるから崇めているのだと……。


『本当に、さすがですね! バレないようにしてるっていう設定まで、裏を含めて遵守じゅんしゅしてるんですね!? ところでなんですが、その宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様を演じるとなれば、どういったステージがいいでしょうか?』


 偽之御魂にせのみたまは、主にそれが聞きたかった。

 ちなみに現在、クー子は戦闘訓練中である。みゃーこと、渡芽を相手に組手をしながら答えている。神だけに、人知を気軽に超えていくのだ。

 さらに、クー子は同時進行で、ステージとVtuberのキーワードでGogglesで検索する。専門用語が、あやふやなのだ。


伏見稲荷大社ふしみいなりのおおやしろを参考に作るといいと思います! で、外が見えるところを作るときは、森っぽくすると、それらしくなるんじゃないかなぁと……』


 それはほぼ、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりおおやしろの風景になる。細部は若干違うが、それでも大抵は正しい。


『ありがとうございます! じゃあ、そのように注文させてもらいますね!』


 偽之御魂にせのみたまは、既にモデルを注文し終えていた。あとは背景である。背景というのは、モデルに比べてしまえば、大分短期で用意ができる。

 数万の頂点を持つ多面体を作るのと絵を書くの、どちらが早いかは自明の理だ。


『はい! これから、よろしくお願いしますね!』


 クー子はほくそ笑んだ。これで、狐バレのリスクが減ると思った。

 偽之御魂にせのみたまが、堂々と狐を名乗ってくれるのだ。自分の隠蔽率が上がると。

 だが、クー子は気づいていなかった。この時、クー子のチャンネル登録者数、四万人。知名度が、水面下でじわじわと、指数関数的な動きを始めていることに……。


「もう! クー子様は強すぎます!」


 話は、戦闘訓練の傍ら。クー子は二人を相手に、片手間でいなしていた。

 片手間なことすら、悟らせなかった。


「強い……触る……無理……」


 二人はしょぼくれた。だが、正一位とまともな戦闘が可能なクー子相手に、コマが勝つなど不可能。それはほとんど、原理的な話なのである。


「でも、みゃーこは術の応用がどんどん上手になってるよ! クルムもびっくり! 狐形態を、ものすごく上手く活用するね!」


 渡芽わためは、ただ使いたいだけで、狐形態と人間形態を切り替えながら戦っていた。だが、それは徐々に洗練されて、今ではそれが渡芽わため自身のスタイルとして確立したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る