第79話・下世話

「いや本当に! クー子は、料理上手です! 嫁の貰い手に逆方向に困ってしまいますね!」


 思兼おもいかねはがっついていた。これでもかという勢いで、食べ物をかっこんでいた。


「威厳……死んだ……」


 渡芽わためは思う、偉い神は自らの威厳に親でも殺されたのだと。渡芽わための中で、大国主おおくにぬしとこの思兼おもいかねは、権威だった。その別格二柱が、揃いも揃って自らの威厳をオーバーキルしているのだ。


「あの、神も結婚するのでしょうか?」


 蛍丸はふと、それが気になった。元が器物、結婚というものや、自分の性を実感しづらい。


「あ、その話題は佐久夜さくや様の前では禁止ね。旦那さんが、根に居るから」


 瓊瓊杵ににぎをはじめとする皇神族は現在根にいる。それを、最も悲しんでいるのが木花之佐久夜毘売このはなさくやひめである。

 訳あって、妹は瓊瓊杵ににぎに振られてしまったが、仕方ないと思える理由があったのだ。皇現人神族は、高天ヶ原に戻るために、不老不死であってはならなかったのである。故に、夫婦仲はとても良かったのだ。


「ちなみに、お見合いをご希望でしたら例大祭の折に私か、底津そこつへ……」


 神は自由恋愛とお見合いの併用であるが、底津そこつ思兼おもいかねのコンビのせいでお見合いが主流になっている。最終的に最も相性が良い相手を、あてがわれるのだ。


「結婚は義務ですか?」


 みゃーこはもうすぐ神として独立する。だから、それが少し不安だった。


満野狐みやこ、稲荷は未婚の方が多いのです。ご安心なさい。宇迦之御魂うかのみたまなど、あの歳まで未婚です。若いあなたに、義務が課されることはありませんよ」


 思兼おもいかねはほとんどの正一位と対等だ。彼は権力の外に身を置く存在である。だから、ほとんどの神を呼び捨てで呼ぶことができてしまう。


「その割には宇迦うか様、私には結婚話振ってきたことあったけどね……」


 一回ではあるが、かつてクー子は道真みちざねを勧められた。学問に明るく聡明な道真みちざねは、愛情で包み込むクー子と相性がいいと思ったのである。

 そもそも道真みちざねは、高天ヶ原たかまがはらに来てから超短期間で神階を得た。優秀さがゆえに、隠れモテ神なのだ。


「懐かしいですね。相性は悪くないと、思います」


 思兼おもいかね底津そこつも、当時後押しはした。だが、結局そこまで親睦が深まらなかったのである。

 そんな経緯で結局独身。稲荷で結婚歴があるのは、葛の葉くずのは妲己だっきくらいのものだ。


「もう、その気はありませんって!」


 クー子は別に男というものが嫌いなわけではない。だが、稲荷で居ると、未婚の男神との接点が持ちにくいのである。


「では、女神がお相手では?」


 思兼おもいかねが急に変なことを言い出して、一同むせた。


「め、女神!?」


 クー子は、思わぬ候補が上がることに驚く。


「ええ、そこの渡芽わためとか……」


 将来的に渡芽わための血は間違いなく、神階を超越したものとなる。渡芽わためには、相手が誰であろうと構わないから、しっかりと子をなして欲しい。それは、神族繁栄のための、極めて政治的な願いである。

 尚、今は、道を示すだけ。結婚というのができるのだと。そして、その相手には女神も考えていいのだと。


「ん……?」


 当然、渡芽わためも困惑である。


「全なる道の特徴でして、踏破なさると肉体にちょっとした変化が……」


 それは、食事時の話ではなかった。当然クー子は理解した。


「あの噂本当なんですね……」


 天照は両性具有である。その噂が、高天ヶ原たかまがはらでまことしやかに囁かれていた。


「何?」


 不安になる渡芽わため

「えーっと……。思兼おもいかね様、もしかして話しておくべきですか?」


 クー子はその話題を避けていた。今、思兼おもいかねが言わなければ、実際にその変化が起きるまで言わなかっただろう。


「もしかして、あの話ですか?」


 蛍丸は思い当たる。それが、人の世で広まったのは蛍丸がそこにいた頃だ。


「はて……満野狐みやこにもてんで検討が……」


 満野狐みやこが生まれてから拾われるまでの間、神道はあまり語られていなかった。


「今というわけではないけど、話しておくべきでしょう。渡芽わため、今は体が少しだけ変わってしまうことを覚悟だけしておきなさい。ですが、悪い変化ではないですよ。新しい可能性を得るのです」


 神の世界、そこでは育ての親と、その子供が結婚することだってあった。

 近年では、どうせ死なないのだし、女神同士もいいではないかという話になっている。神の婚姻はカオスだ。

 更には、渡芽わための将来は本当に可能性の塊だ。クー子と子を成すことだって、可能になると思われる。


「クルムだからねぇ……」


 ただ、クー子は曲解した。要は、女神を結婚相手に指名できるという情報。それと、肉体の変化。二つの情報を与えて、理解できるような年齢に差し掛かれば、情報が結びつくようにと……。思兼おもいかねはそう思っているのだと。


「可能性?」


 渡芽わため思兼おもいかねに訊ねる。


「遠い将来の話になりますが、そこのクー子と婚姻を結べるかもしれません」


 それがもし、全なる道の踏破者としての願いなら、クー子は拒否できない。ある意味、ずっとそばにいてもらえることにもなるのである。


思兼おもいかね様!!」


 だが、いくらなんでも、今は早い。それに食事時である。


「申し訳ない。少々強引でしたか?」

「全くです……」


 クー子は思兼おもいかねに初めて苦言を呈した。時期尚早此処に極まれりだったのである。


「婚姻……」


 だが、少女というのはマセるもので、渡芽わためはそれに目を輝かせてしまった。

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