第78話・珍客

 あれから、まだまだ話をしたクー子達。諸々あって、葛の葉くずのはが任せられている社は陽の知るところとなった。

 前世とは言え、十五年も付き合った仲である。それが、千年弱ぶりに存在を知れたのだ。気にならないはずなどなかった。ただ、これまでは神と人、その一線で陽はどこか遠慮をしていたのだ。

 そして、その翌日。クー子の社には、珍客が訪れた。


「こんにちは、クー子。近頃はよくお会いしますね!」


 秘匿された賢者の席に座す八意思兼やごころおもいかね。彼が動くということは、相応の理由があるということだ。

 彼が訪れたのは、庭でコマたちと神楽の練習をしていたところである。

 近頃クー子は午前神楽、午後に術の練習、そして二日に一度夜に放送だ。ただし、土日を例外とする。


「お、思兼おもいかね様!?」


 クー子は驚いた。なにせ、高天ヶ原の外に出ること自体の珍しさは、神族随一だ。


「何を驚いてらっしゃいますか。あなたが先日高天ヶ原たかまがはらで上げた功績は、本来私の領分。なら、私があなたに目をかけるのは不思議ではないでしょう?」


 術式を暴くのは、基本的に思兼おもいかねの仕事である。だが、前回の事例は、その術式自体が残っていなかった。無理やり引きずり出す荒技をやってのけたのは、まさしくクー子の偉業だったのだ。


「お二人共、クー子様はお仕事の様子。お相手は、私でもよろしいですか?」


 クー子がそれから忙しくなることを感じた蛍丸は、二人に渡芽わためとみゃーこに言い聞かせるように言った。


「もちろん、構いません!」

「仕方ない……」


 二人共、案の定聞き分けがよく、蛍丸を先頭に中庭へと移動していった。


「これは、申し訳ありませんね。親子の時間を、奪ってしまいました……」


 と、少し悔い入る様子の思兼。

 思兼おもいかねには親子の概念がある。彼には高御産巣日たかみむすびという、母が居る。

 親子の認識と、神狛の認識は、単純にどちらが先かという話。親子という概念を理解していなくても神狛を理解していれば、大きく認識がずれることはない。


「あはは、いつもやっているので。思兼おもいかね様にこちらが合わせますよ。二人もわかってくれましたし」


 とクー子は言うが、渡芽わためがそれを理解できても、心がいうことを聞かない可能性だっていくらでもある。強引な転生直後であるから……。


「では、早めに終わらせましょう。本題ですが、術者は判明しました。やはり、アレイスター・クロウリーでしたよ。そして、追跡術式を込めた石を作成できました。こちらです」


 そう言って、思兼おもいかねは袂から石を取り出した。それは、光を発している。だが、それが幾条にも分かれているのだ。


「これは一体……」


 クー子は思った。思兼おもいかねの術が、失敗するはずがないと。だから、光の先には間違いなくいるのだろう。アレイスター・クロウリーが……。


「アレイスター・クロウリーというのは、荒御魂あらみたまの神に近い存在です。祀る人間たちがいるのでしょう。かつての、ソロモンのように」


 荒御魂あらみたまになった人間、その中で最も古く、最も巨大な動乱を引き起こしたのがソロモンである。神の名を呼び召霊する金牌術で、あろう事か根の国から荒御魂あらみたまを呼び寄せたのだ。

 現代日本では一つだけこの時代ピンポイントで使えない金牌が存在する。セーマンだ。これは安倍晴明を召霊する、金牌。今は生きているので使えないのである。

 その、ソロモンはやがて、根の神から悪に属する道を説かれる。それが、独利どくりの道。その道をただただ突き進み、最後には荒御魂あらみたまとして神に至ったのである。

 人は、そのようになりやすい。悪の道を踏破するのはいつだって人間だ。


「あの時のようなことが!?」


 ソロモンは、根の荒御魂あらみたまを地上に逆流させた。当時、宇迦之御魂も葛の葉くずのはも命懸けで戦っていたのをクー子は見ている。


「アレイスターはサタンにこだわっています。イサナキ様さえ、その気になってくれれば、彼女は和魂にぎたまに戻れるのに……」


 サタンは伊邪那美の別名である。ルシフェルもまた同じ。

 元は至高の天使であり、今は悪魔。それは、こう言いかえることができる。元は神産みを成した至高の神であり、今は根の荒御魂あらみたまである。


伊邪那岐いざなぎ様……」


 かつて、クー子も思っていた。伊邪那岐は神々の父であり、至高の片割れであると。それが、こうまで落ちぶれているのは、悔しくて仕方が無かった。


「そういえば、高天ヶ原たかまがはらの神々は納得いたしましたよ。クー子に下された罰は正当であると……。よく知る者も、そうでないものも……」


 知らなければ、伊邪那岐いざなぎに怪我をさせたわけではないのだ。さりとて至高に歯向かった。だから、重く見える罰が妥当に思えた。

 逆によく知る者は、クー子が理由なく反逆するわけもないと思った。だが、それは見せかけだけの重罰だと気づいた。罰の内容が空っぽだと……。

 結果、満場一致の納得。見る角度によって、それが全く異なる意味になることをうまく利用している。


「良かったです!」


 ほどよく罰せられれば、それはあとに残ることはない。罰せば終わり、それは神々の常である。


「さて、要件も終わりましたし、もう帰りましょうか……」


 と、思兼おもいかねは言うものの。時刻はもうすぐ昼時。


「よければ、ご飯食べて生きませんか?」


 クー子はゆえに引き止めた。


「それは……魅力的なお誘いです。是非、ご相伴に預からせていただいても?」


 思兼おもいかねはものぐさの一面がある。自分のための労力を、極限まで削ってしまう。だから、当然料理などしない。普段は食材生噛りだ。

 久々のまともな食事に、思兼おもいかねは心が躍った。

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