第77話・団欒

 いろいろとツッコんで回った陽だが、ツッコミ所はまだあった。


「ずっと気になってたんだけど、クルム、なんで耳としっぽあるん? コスプレ?」


 人間なのに人間嫌いな渡芽わためである。そういうコスプレをすることだって考えられた。だが、事実は少し違う。


「クルム、わんっ!」


 クー子は、渡芽わためが人化を解く方法を知っていると思っていた。だから、合図のつもりで言ったのである。


「わんっ!」


 だが、実際は知らなかった。だから、狐に戻った渡芽わためは大いに興奮した。


「おぉ、おおおおおお! コンコン!」


 渡芽わためは狐はコンコン鳴くものと思っている。だが、そんな風に声を発してしまうと人化の術が発動してしまうのだ。


「あ、あぁ……」


 今度は落胆の色が見える声だった。渡芽わためは人化の術を押しとどめたが、ケモ耳幼女に戻ってしまったのである。


「え? え?」


 それを見て混乱する陽。

 さもありなん、だ……。コンコンだけで人化が発動して、わんっだけで解除されるなど人間には想定外である。


「クルム。わんっと言うと狐の姿になって、コンコンと言うと人の姿になります! 人化に習熟した稲荷神族の特徴です!」


 得意げに語るみゃーこ。だが、最近まで人化するつもりでわんわん言っていた。だから、クー子には可愛くてたまらない。コマたちは神に、無意識下で萌えを供給してしまうのである。


「理解……。わんっ!」


 そしてまた、狐化する渡芽わため

 そんなやり取りを経て、ようやくクー子は説明に取り掛かれた。


「クルムはね、稲荷神族になったの」


 神の働きかけによる、転生は非常に珍しい。普通は幼児の脳機能は、現人神に転化するときに、再獲得するものだ。だが、渡芽は急を要した。

 文法未獲得のまま、幼児期を終えてしまった。それに加え、もう一つ理由があった。


「それって、ホイホイ行うことじゃないよな?」


 陰陽師である陽は、神が横暴を行うなら見過ごせない。だが、横暴なんてするわけもないとも思っている。


「クルムのそれは、本当に魂の底からの願いだったんだよ。底津綿津見そこつわだつみ様って言う神様がいらっしゃってね。その方が、そうだって言ったの」


 底津が心のそこを覗き、思兼が心の表層をなぞる。この双方の見解が一致した望みが叶ったとき、受益者が後悔することはまずない。それは、その者の心の総意である。


綿津見わだつみ様って言えば、海の神様って思ってたけどなぁ……」


 基本的に、底津そこつが属する住吉神族は海の神であり、陽の印象は正しい。


底津そこつ様だけ、特別なんだ」


 心に敏いのは、底津そこつだけである。中津なかつや上津うわつは、主に海難に対する対処である。


「なるほどなぁ……。神って不思議だ……」


 と、陽がつぶやいたところに蛍丸がやってくる。


「粗茶です……」


 とは言うものの、神の茶葉。これを粗茶と人間が言えるわけもない。


「あ、どうも……」


 陽はそう言って、受け取って啜った。


「まぁ、不思議すぎて、人の世に居場所をなくす神も居るからね。この、蛍丸ちゃんとか」


 クー子に言われ、蛍丸は照れ隠しに頬を掻いた。


「あ、そういえば、刃こぼれが勝手に直るって聞いたぞ!」


 それは、もう昔の話である。


「今は折られても大丈夫です……」


 折れた刀が、にょきにょきと生えてきたら人間はびっくりするだろう。動じないのは、神々くらいのものである。


「マジかよ!? パネェ……」


 陽は若干引き気味だった。これでも、少し神寄りの人間の反応である。


「どしたの? クルム」


 クー子はその時、急に渡芽わためが膝の上に乗ってきてびっくりした。


「分かる?」


 渡芽わためにはそれが不思議だった。

 狐の姿だったのだ。自分には、狐の見分けがつかない。


「わかるよー! 私も、狐だもん!」


 そりゃそうである。宇迦之御魂うかのみたま葛の葉くずのはと、狐三匹で過ごした時間だってとても長い。


「私……出来る……なる?」


 不安で訊ねるが、そんなものは愚問だ。


「気づくと、見分けつくようになってるよ!」


 だって、普通の人間ですら見分けられるようになったりするのである。


「なんかいいなぁ……」

「ですね!」


 陽が呟くと、それに乗っかったのは、意外にもみゃーこであった。


「おま!? こっちかよ!」


 陽はみゃーこの兄姉的発言に、驚いた。


「ん? 陽様は、この満野狐みやこを、人化の姿通りの年齢とお思いですか?」


 ニヤニヤと、みゃーこが言う。


「みゃーこって、まさか!?」


 クー子は三千歳なのだ、蛍丸は九百歳弱なのだ。万が一あり得るのだ。


「これでも満野狐みやこは二十五歳でございます!」


 と、胸を張るみゃーこに、陽はものすごく安心をした。神の世界で、やっと桁数がまともな年齢を聞けたのである。


「うん! よかったぁ……」


 一瞬百歳超えを想像してしまったのである。


「な!? 年上ですよ!! 敬ってください!」


 と、みゃーこが威張ってみせるが……。


「忘れたか? 俺には前世がある。ジジイになって死んだんだぞ! なんなら春秋年で歳数えるか? 前世148歳になるぞ?」


 陽の言うそれはチートである。前世……安倍晴明の時代には既に廃止されていた。春秋年と言うのは、春に一年と秋にも一年進む、日本古来の年の数え方だ。

 当時にしては長命の74歳で亡くなったのである。神の血のせいだ。

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