第76話・セーラーゴッズ

 陽の扱いは、相変わらずの稲荷神族だった。渡芽わためもクー子も、人間なのに陽だけは怖がらずに済んだ。

 もはや、神直々の人外認定である。それもそうであるが、そもそも神族に至るまでもう少しなのだ。

 夕食が終わり、天拵あまぞん開封の儀が始まった。


「なぁ、クー子さん。それ、やばくね?」


 陽がそう感じるのは当たり前だ。なにせ中には四級以上の神器が10着入っている。二級を含む五着は、クー子の幽世の洗礼である。


「クルムも蛍丸ちゃんも、来てくれたばっかりだからね! 奮発しちゃった!」


 まさに富豪神族。一発屋で十分一生過ごせる発明を二回もしてしまった、クー子は怪物である。


「クー子様。問題は数ではございません。いえ、数も問題ですが……」


 蛍丸の言うとおり、問題は数だけではない。三級や四級を常時着用だなんて、高天ヶ原特務。即ち従一位以上の装いである。


「蛍丸様、諦めましょう。クー子様ですから……」


 みゃーこにとって、それはもはや日常風景である。みゃーこだってクー子に、三級以上を既に五着持たされている。裕福すぎる親の、悪い面である。


「あれ? クルム、なんかそわそわしてない? もしかして、開けたい?」


 ふと、クー子が気づいた。


「……ん」


 渡芽は、なぜ自分がそう思っているのかもわからなかった。

 だが、そんなこと遠慮するまでもない。


「じゃあ、クルム! 開封隊長に任命します!」


 ふざけてクー子が言う。

 一応とばかりに、クー子が視線を飛ばすので、陽はそこに乗っかった。


「隊長殿! これは、訓練ではありません! 安全に、十分配慮を!」


 いわば悪ノリである。

 陛下と仰ぐ天皇の寝取られ話を歴史書に書いたり、神に下ネタをさせたりする民族である。ノリが悪いわけがないのだ。


衣桁いこう準備万端でございます! いつでも参れます!」


 と、衣装部屋から衣桁いこうを取り出したみゃーこがさらに煽って。


「えっと……。この流れは一体……?」


 取り残されたのは蛍丸だけであった。真面目に扱われすぎた弊害である。


「さぁ、クルム! 開けちゃって!」

「ん!」


 ダメ押しまでされて、渡芽わた、えは風呂敷を解いた。

 この風呂敷だが、所有権が蛭子ひるこ神族の誰かになっている。一週間すると、口寄せで回収されてしまうのだ。これを風呂敷循環機構と神々は呼んでいた。

 まず一番上に置かれていたのは手紙だった。


「えーっと、『一筆申し上げます。稲荷駆兎狐いなりくうこ様。天棚機姫あまたなばたひめでございます。近頃は、私の趣味の作品をお買い上げいただいていることを心から感謝致します。万が一、JK陰陽師をお見かけになり、その方に着せていただいであれば、ご連絡ください。半額キャッシュバックさせていただきます。かしこ』……なんかとんでもないこと書いてある……」


 女神はかしこという結びを好む。なぜなら、畏みの代わりにしていいとなったからである。

 だが、三級神器の半額は結構馬鹿にできない額だ。そして、天棚機姫あまたなばたひめは、JK陰陽師を見たくてたまらなかった。そのために、休日は人の世に降りていたりする。

 着物のご婦人に紛れる神の代表格である。


「もしかしてだけど……俺、高天ヶ原に行けたりする?」


 それは、普通の神職には幻想。だが、神に出会ったことのある者は、存在を疑わない。

 ただ、夢のまた夢と思い描くのである。


「あ、じゃあ棚機姫たなばたひめに連絡しておくね。招いてくれるかもよ?」


 神の側は、いつでもウェルカムである。畏んでいる暇があれば、カチコんでしまえばいいのだ。


「まじか!!??」


 陽は、神々のあまりの気さくさに驚いた。


「可愛い……」


 渡芽わためは手紙の下のセーラー服に目を奪われていた。ひらひらしていて、これまで着てきた水干や巫女装束とはまた違った可愛らしさがある。


「ふふふ……。じゃあ、クルム。それは陽ちゃんにあげて」


 渡芽わためはクー子に言われてほんの少しだけ涙が出そうになった。


「ん……」


 だが、すぐ収まったのである。


「さんきゅ!」


 セーラー服の下に、セーラー服が隠れていた。クー子は見つけたのが、サイズ展開が豊富なことを。そう、天棚機姫あまたなばたひめは可愛いに弱い。幼女に着せたら可愛いのではないかと妄想してしまった。すると、手元に子供向けのセーラー服が出来上がってしまっていたのだ。


「クルムはそっちね!」


 カラーリングは、陽が黒。そして、渡芽は白系のストライプだ。膨張色でストライプ。少しでも太っていたら、着れない服である。

 渡芽わためはそれを、抱き上げるように取ると、下からさらにセーラー服である。キワモノだから、格の割に安く手に入るのである。


「クー子様……まさか!?」


 みゃーこが狼狽した。


「そのまさかだよ! みゃーこ……」


 自分には功績を使わないくせに、コマたちには大盤振る舞いおおばんぶるまいである。


「分かりました……強力ですし、使わせていただきます……」


 過保護の一貫でもあったりする。三級分類だが、性能は二級だ。

 それを、みゃーこが抱き上げるとまたセーラー服だった。今回の三級はすべてセーラー服である。


「あの……」


 たらりたらりと冷や汗を流す蛍丸。


「うん。蛍丸ちゃんの!」


 蛍丸の嫌な予感は、クー子によって肯定されてしまった。


「どうなってんだこれ……」


 と、陽は呆れたのであった。

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