第75話・生き証人達

 天拵府来務あまぞんぷらいむである神の元に、注文した商品が到着するのは恐ろしく早い。特に、高天ヶ原例大祭たかまがはられいたいさい直後だとなおさらだ。

 例大祭れいたいさい中、第二席にあったのはほぼ天拵あまぞんである。奥まで行けば、縁日気分で神器まで買えてしまう。


 この時期は、暗黙の了解としてコマを持たない神は天拵あまぞんの利用を控えるのだ。クー子のコマとして認識されている渡芽わため、神々の間ではゼロ歳児扱いである。なにせ、コマになった日から年齢計算が始まる。さらに、転生までしたらしい。

 神にとって、最も高貴な存在である。その未来には、無限の可能性があるのだ。

 神々は、子育て支援ガチ勢である。いかなる無礼も、諭されて許される。取り返しのつかない事に関しては、神なのだ、止められないはずもないのである。


 午後四時半、荷物と陽がクー子の幽世かくりよに、同時に着弾した。


「うおっ!? なんか、急に現れた!」


 どうせ今日届くんだしと、クー子は陽を夕飯に誘ったのだ。

 その陽を招き入れたクー子の横で、陽が突然現れた荷物にビックリして、声をあげた。


天拵あまぞんだよ! みゃーこ、クルム、あとうちの新メンバーの服を買ったの。陽ちゃんのセーラー服は、そのついでね!」


 セーラー服がこのタイミングなのはそういった意図である。そもそも第二席の奥は、幼いコマたちには少し退屈だ。すぐに楽しさに直結しない。


「あまぞん!!?? 神、いま通販するのか!?」


 通販に関しては、人類より神族が先だ。なにせ輸送コストゼロである。物質を転送することができてしまうから……。


「うん、するよー! 千年くらい前から!」


 千年前、鎌倉幕府手前である。つまり……。


「前世のころかよ!?」


 安倍晴明の存命中である。


「あ、そういえば新メンバーって?」


 ふと気になって、陽は訊ねた。


付喪神つくもがみなんだけど……あ、ちょうどあそこに」


 社の方を見やると、そこにいたのである。


「初めまして、お噂はかねがね。私、蛍丸と申します。中へどうぞ」


 蛍丸は軽く一礼すると、奥へ誘うも、陽は蛍丸を指差して硬直している。


「おま!? 海に沈んだって……」


 蛍丸は戦後のドサクサにまぎれて、海に沈んだとされていた。それは、ほんの少し違う。


「足が生えて、海を通って高天ヶ原に来てたんだよ!」


 クー子が笑いながら経緯を説明した。

 器物として道に入り神になったのだ。だが、道をズンズン進むもので人間界に置いておけなくなった。神器として強力になりすぎたのである。


「足ってか、普通に女の子なんだけど!?」


 陽は驚きの連続で、頭がどうにかなりそうだった。

 陽も元は平安時代人。今生で自我が芽生えたとき、誰も剣や刀を持っていないことが気になった。それを、陽の両親は、陽が刀剣女子の素質を持って生まれたと解釈したのだ。だから、陽は刀剣の知識に触れる機会が多かった。


「そんな、この歳で女の子扱いを頂けるなんて……」


 蛍丸は、人間の世界での時間が長かった。だから、人間目線の年齢基準も持っている。


「あー! 鎌倉時代か!? いや、待て……。神の基準だと十分子供じゃ?」


 そして、次第に年齢の話に流れていく。


「うん、まだまだ子供だねー! 私も含めて……」


 クー子も、まだまだである。主神たちは地球史の裏にずっと居たのだ。


「ちなみに、年齢とか聞いて怒られない感じ?」


 女性に年齢を聞くのは失礼。それはあくまで人間の基準だ。神にとって、年齢なんて単なる数字でしかない。


「三千と少しだよー!」


 クー子のレベルで、もうざっくりしか覚えていない。


母様かかさまって、クー子さんより上だよな?」


 陽のその呼び方は、平安寄りの言葉遣い。なら、きっと今生の母親のことではなかった。


葛の葉くずのは様かな? 一万超えてるから、私よりも相当お姉さんだよ!」


 それを聞いて、陽は悠久を感じた。


「一万歳超えでお姉さん……。神のスケールやべぇ……」


 そう、おばあちゃんで然るべき年齢倍率を誇っている。なにせ三倍以上だ。


「そんなことより、どうぞ中へ。クルム様がろくろ首になってしまいますよ!」


 クー子は、時間感覚が神寄りである。蛍丸は、まだ両方を持っている。だから、蛍丸がたしなめてくれるのはクー子にとってありがたかった。


「あ、そうだね! 行こう!」

「じじいだった一面出ちゃったなぁ……」


 陽だって、前世は老爺となってから死んだのである。だから、時間感覚が老人に引っ張られるところがある。

 蛍丸が、子供の時間感覚をしっかり考えられるのは、少しだけ異常だ。


「あ、ちなみに、蛍丸……さん? って神器なの?」


 それは、陽達が茶の間に至る途中最後の質問だった。


「神器であり、神でもあるって感じかなぁ……。あ、一級だよ!」


 答えたのはクー子だった。

 蛍丸は事実上の神器最高峰である。人間には渡すことができないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る