オカルト連合

第71話・クー子の幽世

 岩を通じて幽世かくりよに入る。誰でも彼でも、なんだかんだ我が家というのは落ち着くものである。


「ここが……クー子様の……」


 神の幽世かくりよはその神の性質で少しづつ満たされていく。器物の内部であるため、蛍丸はクー子の性質を感じ取った。

 そもそも付喪つくも幽世かくりよに入ったことはこれまでなかった。一級神器は主神以上でもそうそうは手に入れることができない。


「ん? どうかした?」


 少し前に、その性質を利用しただろうに、クー子は忘れていた。やはり、どこかポンコツなのである。


「いえ、何故だか心地よくて……」


 蛍丸は、普段みゃーこや渡芽わためが心で感じている心地よさを、肉体で感じた。

 それはまるで、のぼせることのない入浴の如しだった。


「お気に召したようでなによりですね! クー子様!」


 これからは、蛍丸にとってもここが家だ。少なくとも、クー子とそのコマたちはそうと思っていた。


「いい場所……」


 そこは、渡芽わためにとって全ての救済が始まった場所だ。気に入ってもらえることは、渡芽わためも嬉しかった。


「うん! 本当に良かった!」


 まずは好感触、クー子はそれを喜んだ。


「まずは如何いかがしますか?」


 ここの主は、クー子である。みゃーこは、そこに伺いを立てて行動を決定することにした。


「夕飯かな? あーでもみそぎもかなぁ……」


 もともといた場所は、清浄の代名詞である高天ヶ原たかまがはら。だけど、みそぎとは意味が重要である。特に力の弱い神には一層そうだ。みゃーこは大丈夫な域にあるとして、渡芽わためには有用だろう。

 みゃーこは術師としてある程度成熟している。大国主おおくにぬしによるひふみ神文の祝福も受けた。だから、みそぎは先に渡芽わためからだろう。


「クルム、お風呂入っておいで。ご飯作っておくから!」


 クー子は、渡芽わために目を合わせていう。入浴も当然、みそぎの意味を持つ。

「ん! 蛍丸……一緒……だめ?」


 渡芽は、訓練として高天ヶ原たかまがはらに行く前にいろいろなことをした。一人でお風呂に入ることもだ。

 でも、クー子は一緒に入浴することも決して拒まない。単純に選択肢を増やしたに過ぎないのである。


「私は……」


 付喪つくもは力を得てから神になる。それに元々が刀だ。呪いに対しては、強い拒絶力を持つ存在である。


「蛍丸ちゃん、嫌?」


 だからといって、入浴させないこと、それは器物としての扱いが大きい気がしてクー子は気が進まなかった。だから、結局決定権は、本人の意思だ。


「いえ、そうですね。いただきます」


 蛍丸は、その尊重が心地よかった。だから受け取るのである。

 と言っても、人の姿での入浴。なかごを水に浸けるようなものだ。だが、蛍丸は必要な気がした。

 そもそも、海を通って高天ヶ原たかまがはらに行ったのだ。なかごにも、海水が触れたし柄だってきっとそうだ。一つ、落としておく気になった。


「こっち!」


 渡芽わためは蛍丸を引っ張っていく。

 渡芽わためにとって、妹ができたようでもあり、そして姉ができたようでもあった。蛍丸ほたるまるより自分の方がこの幽世かくりよを知っている。だけど、蛍丸は落ち着いていて性格が成熟していたのだ。


「わっ!? 引かずともついてまいりますのに……」


 そう言いながら、二人は退場していった。

 とても、外交的になった渡芽わためがクー子は嬉しかった。でも、魔であるとされる時期は目の前に迫っているのだ。


満野狐みやこはいかがしましょう!?」


 さておき、今度はこっちの話である。


「みゃーこは、料理! 手伝ってね!」


 いつかは失敗したこと、でもいつかできるようにならなければいけないこと。


満野狐みやこにもできますか?」


 だが、今回クー子には勝算がある。


「もちろん! だって、人化が上手になったんだもん!」


 人間というのは、その身体構造そのものが革命だ。器用な指先。ジャイロ装置としての腹筋と骨格による直立二足歩行。自由になった両手が、科学をもたらせた。


「では、満野狐みやこ頑張ります!」


 自立して社を手に入れた神が、料理を出来るかどうかはこの人化にかかっている。料理は科学である。


「ふふっ、一緒にやろうね!」


 だけど、それは気楽に取り組むべきことだ。楽しむことこそが、主目的。味覚で、視覚で、その他体内での化学反応で。

 少なくともクー子はそう思っていた。


「はい!」


 そして、クー子とみゃーこは料理を始めた。

 人化を使いこなしたみゃーこはずっと器用に料理をする。失敗に備えていたクー子は、少し肩透かしを食らってしまった。

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