第70話・赴任

 例大祭れいたいさいは途中で終わってしまった。クー子もかめをもらい、これから社に帰ることになる。

 帰るときはやはり、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろから。先に別れを惜しむこととなった。


「クーちゃん。なんだか、すっかり賑やかになっちまったね。コマが二人に、付喪つくもが一柱。困ったことがあったら、なんでもいいなよ!」


 こんな大事のさなかでも、前だけを見つめればこそ慌ててばかりもいられない。

 心に平静を、そして常に前を見つめて歩くのが重要だ。

 だから、それはそれ、これはこれである。


「はい、葛の葉くずのは様! もう、一々畏み畏みする必要もないですものね!」


 Linneはやはり便利。葛の葉くずのはたちにも広がってよかったとクー子は思った。

 こちらが畏んでいると、相手はカチコんで来る。そんなことでは、目も当てられない。


「みゃーこ、クルム! いいかい、神には寿命なんてない。それに、あんたたちにはクーちゃんがいる。だから、来年は必ず来るんだ。今年は残念だった、でも来年は最後まできっと楽しめる。なにせ、来年はあたしとクー子が同じ中祭への参加だ!」


 葛の葉くずのはは、二人に来年こそ楽しんでもらいたい。だから、楽しみになるような情報を積極的に発信した。

 だが、そもそもである。コマたちにとって、10日もまた長い。小さな鋼と一緒だ、熱し易く冷め易い心を持っている。


「はい!」

「ん!」


 それはそれとして、二人は元気よく答えた。


葛の葉くずのは様、どうかお元気で!」


 玉藻前たまものまえも別れを惜しんだ。今生の別れではない、神には来世もない。


美野里狐みのりこもご健勝を祈ります。どうか!」


 美野里狐みのりこは変わったものである。かどが取れたように思える。

 刹那の別れ、だとしても惜しんだ。葛の葉くずのは程も生きていると、一年は瞬きの間である。

 ようするに、それは儀式。再び会うことへの祈りの現れだ。


「出会ったのは刹那でございます。だから、この言葉でお送りさせてください。これからは、どうぞお見知りおきを……」


 蛍丸ほたるまるは言った。きっと長く付き合っていけるようにと……。


「クー子、葛の葉くずのは。あんたら二人の社は近い。しっかり、協力するんだよ! ほら、Linneがあるだろ?」


 宇迦之御魂うかのみたまは言った。ほんの少しだけ寂しい気持ちもありながら……。


「あ! そうだ! 宇迦様うかのみたまも稲荷のLinneグループに入りません?」

「へ!?」


 宇迦之御魂うかのみたまは、クー子に自分の寂しさの原因をぶち壊すような提案をされて驚いた。


「クーちゃん! 名案だ! いざって時に、後から宇迦うか様が見れるところに情報を置いておくのは効率的だね!」


 それに葛の葉くずのはが賛同して……。


「お慕い申し上げる主神を迎えるのです! 大賛成ですよ!」


 玉藻前たまものまえがそれを煽った。

 本当は全員、グループに誘う言い訳が欲しかったのだ。高貴すぎると、こういった時にめんどくさい。


「はは、わかった。誘っておくれ」


 宇迦之御魂うかのみたまは、思わず頬を緩めたのである。

 葛の葉くずのはが作ったグループだ、葛の葉くずのはが招待を送った。そして、宇迦之御魂うかのみたまはそれを受けて、稲荷神族の連絡網が拡張される。


「では、宇迦うか様。どうぞ、ご健勝で……」


 宇迦之御魂うかのみたまは、それにうなづくと送るための祝詞のりとを唱える。


豊葦原とよあしはら中津国なかつくに神坐かむずまれかの土地へ。邉崎あたりざきの社をここに与えん!」


 毎年例大祭れいたいさいを行うことで、主神たちは社を間接的に管理している。ほかの社に任地を変えるときも、力の強い神が移動するのも、この時期だ。

 葛の葉くずのはは姿がかき消えた。邉崎あたりざき神社という、鍋石なべいしの神社に送られたのである。


「じゃあ、みんな! 私たちも送ってもらお!」


 クー子が言って……。


「「はい!」」

「ん!」


 答えはそれぞれ。だけど、宇迦之御魂うかのみたまは彼女にはいうことがあった。


「クー子、あんたは最近自分の殻を破った。そりゃ、いくら褒めても足りないようなことだ。だけどね、辛くなったらいつでも相談しな。あたしも、たまも、葛の葉くずのはだっている。稲荷は少ないんだ。助け合っていこうじゃないか!」


 それは、ひどく優しい激励だった。頑張れというのではない。頑張っていると認めて、逃げ道を用意する。

 幾度となく受け入れてもらった経験のあるクー子には、それがいくらでも安心できてしまう激励だった。


「甘えちゃうかもしれませんよ?」


 と、ちゃらけたつもりで言ってみせる。


「いつでも甘えにおいで」


 だが、宇迦之御魂うかのみたまには正面から受け止められてしまった。だって、彼女だって子離れが完全にできたわけじゃない。そもそも、子離れなんて無理なのだ。親離れされるから仕方なくするだけなのだ。


「クー子様、私たちの主神ですよ?」


 玉藻前たまものまえの言葉は、とてつもない説得力を持っていた。

 きっと自分もそうなるだろう。願わくばそうなりたい。そんな風に、クー子は思った。


「はは……」


 と、笑って……。


「さ、みんな行くよ!」


 と声をかけた。

 四人で陣に入ると、宇迦之御魂うかのみたまはまたしても祝詞を唱える。


豊葦原とよあしはら中津国なかつくに神坐かむずまれかの土地へ。稲野隠森社いなのかくしもりのやしろをここに与えん!」


 宇迦之御魂うかのみたまがいう。

 クー子たちは、高天ヶ原稲荷大社たかまがはらいなりのおおやしろからかき消えて、社の境内に居た。

 やはり、小さな社だ。神主はおらず、岩が祀られているだけ。社の本体は幽世かくりよの中である。

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