第68話・一級事変

 幽世かくりよを出たクー子は、すっかりポンコツを発揮していた。


「ま、そのままでいいか……。功労者っぽいしな!」


 素戔嗚すさのおが言うから、クー子は気づいた。蛍丸を納刀していないこと。

 ただ、和魂にぎたまばかりがいる高天ヶ原たかまがはらでは、疑わしきは罰せずが常識。ついでに言えば、功を成したと思える場合はとりあえず褒めておけという風潮すらある。

 その神の力が強ければ強いほど、それは証拠になる。道を進んでいる、つまり訳もなく荒ぶることはないという証拠だ。


「あっ、やっちゃった! 蛍丸ちゃん、戻って!」


 蛍丸は、人の姿であっても刀である。能力は戦うための力に特化しており、抜き身の刃と変わらない。


「そのままで良い!! 功を成したなら、褒めてやらねばならぬではないか。刃の姿では、言葉を交わすこともできないであろう?」


 だが、抜き身の刃が神を如何かみに害することができようか。特に、そこには素戔嗚すさのおが居る。大国主おおくにぬしまでもがいる。この二人が揃うと、最強なのだ。神族一つに相当したりする。

 だから、大国主おおくにぬしも別にいいやという本心である。為政の態度では高圧的に見えるが、本性はハイテンション過保護お兄さんのままである。


「んで、なにか掴めたんだろ? 見せてくれるな?」


 素戔嗚すさのおの声は、優しかった。功労者を労う気であり、特に功績を取り上げるつもりもない。


「そうでした! 石の中で、術式を再現することができました! この紙に封じてあります!」


 そう言って、クー子は蛍丸と二柱で得た紙を素戔嗚すさのおに渡す。


「大手柄だな! 大国主おおくにぬし、こりゃイケるんじゃね?」


 素戔嗚すさのおに言われて、大国主おおくにぬしは頷く。


「この功績を持って、稲荷駆兎狐毘売いなりかけうさのきつねひめを正三位に任ずる! 並びに、建速蛍丸たけはやのほたるまるを大初位に任ずる!」


 思兼おもいかねができなかったことをした。それだけで、巨大な功績だ。二人の神階を一つずつ上げたとして、文句を言える神が居ない。それでも言うとしたら、道理の通らぬ弱い神のみである。


「あ、ありがたく存じます!」


 クー子は焦った。神階大返しの始まりである。


「光栄にございます」


 蛍丸は、冷静にそれを受け止めた。

 大初位というのは、社への配属を願える一歩手前だ。蛍丸は、もうすぐ社を持つことが可能になってしまう。

 だが、付喪神つくもがみの多くは、社を願わないのである。


「んで、クー子が見た感じ、何かわかるか?」


 素戔嗚すさのおは訊ねた。


「おそらく、ルーンの一部……。ソウェイルが途切れたものだと思うんですが、それが書いてあるんだと思います。あ、それとやり方です。器物を起源とする殺生石の術式で、石に入って妖力を開放してください。かなりの量の妖力が必要になるので、ごめんなさい、二個目は無理です」


 石を無理やり妖怪にするようなものだ。だから、クー子でもそう何度もできるものではなかった。

 ソウェイルのルーンには、力や太陽の意味が有る。間違いなく、天照あまてらすを示しているのだと、その場の神全員が思った。


「そりゃ……クー子以外がやるのはきついな……」


 素戔嗚すさのおは思った。クー子は、妖力がかなり高い方である。


「クーちゃん。あたしや、たまちゃんは無理かい?」


 葛の葉くずのはが訊ねた。稲荷神族は、宇迦之御魂うかのみたまを除いて妖力の平均が高い。強力な妖怪から転じて神になった者が多いのだ。

 余談……玉藻前たまものまえの妖力は、クー子と似た感情に起因している。玉藻前たまものまえも、ドロドロに甘やかしたい類の化生だ。


「小さな石なら葛の葉くずのは様も。たまちゃんなら、大体の石は出来ると思います!」


 葛の葉は妖力があまり強くない。もちろん、稲荷の基準でだ。

 さらに言えば、宇迦之御魂うかのみたまはものすごく小さな石でなければ無理だろう。主神の方が妖力は小さい傾向があるのだ。


「んじゃ、一級全員に声をかける。貸すって感じになるが、稲荷を手伝ってくれると思うぜ」


 素戔嗚すさのおは、とんでもない決断をした。一級神器は極めて希少なのだ。

 だが、それでも素戔嗚すさのおがそのうちかなりの割合を保有しているのは、こういった時のためだ。

 神々がどよめく。崇徳すとく事変並みの大事であると、誰もが認識した。


「畏まりました。必ず明るみにしてみせましょう!」


 葛の葉くずのはは覚悟を決めた。崇徳すとく事変と同等、下手をすればそれよりも厄介だ。


「おう!」


 素戔嗚すさのおは豪快に答えた。

 こういったとき、素戔嗚すさのおは旗印だ。戦を予感させるとき、先頭で刃を振るわなくてはいけない。英雄神の勤めだ。


「此度は、一級事案とする!」


 一級は、事案分類で最大だ。一級事変に発展する可能性を示唆するものである。

 事変に至ると、数千万人という被害者を覚悟しなくてはならない。神だって、幾柱死ぬかわからないのである。

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