第67話・擬怪

 クー子は蛍丸を抜いて、語りかける。

「思いつきの方法でうまくいくかはわからない。でも、少なくとも付喪つくもであるあなたの助けは必要になるから、力を貸して」


 術は単純。だが、手段は複雑である。付喪神つくもがみであるという蛍丸の性質は、その手助けになると考えた。


『あなたが望むのであれば、いくらでも』


 抜き身の刀身からは、音ではなく思念が帰ってくる。器物の状態では、声を発することはできなかった。

 しかし、なんとも都合がいい。否、蛍丸が手元にあったからこそ、その方法が思いついたのである。


「じゃあ、始めるね!」


 クー子は石を、目の前に掲げる。そしてその瞬間、ほかの神々にはクー子がかき消えたように見たのである。


殺生石せっしょうせきか……」


 残された素戔嗚すさのおが言った。そう、クー子は石の中に幽世かくりよを作ってその中に入ったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 四畳半程度の広さ、小さな幽世かくりよ。小さな石では、その程度だ。

 そこは、石の中だ。術の影響が残っているのなら、入った時点で何かがわかるはず。だが、それは余りにも普通の幽世かくりよだった。


「蛍丸ちゃん。何か感じる?」


 念のため、クー子は聞いた。普通の神よりも付喪神つくもがみの方が、器物に対する感受性が高い可能性を考えたのである。


『いえ、何も……』


 蛍丸の目から見ても、そこには一切の術式干渉の痕跡がなかった。


「やっぱり。まぁ、ここからが本番」


 クー子は言うと、ありったけの妖力を開放した。

 妖力は、感情のエネルギーだ。本来、そんなものを持たないはずのただの石に、無理やり妖力を内側から押し付けている。

 それは、石が所有する妖力となる。それが、祀られる石なら付喪神つくもがみとしての空の魂を得ただろう。願いを受けていたら、それこそ人格すら形成する可能性があっただろう。

 だが、その石は違った。


『あれを!』


 蛍丸は、クー子に強い思念を飛ばす。

 それに気づいて、クー子があたりを見回すと、黒いもやを見つけた。

 それは、地面から立ち上るかのようになっていた。


「斬るよ! 多分だけど、あれが術!」


 その正体を完全に把握することはできない。だけど、手がかりになるはずだ。


『かしこまりました!』


 蛍丸は自身の存在を、術を斬ることに特化させる。それ以外にそそぐべき力も、それに注ぎ込んだ。

 踏み込んで、クー子はそれを斬る。感触はとても硬かった。音はしないのに、まるで金属でも切りつけているように思えた。

 それでも、なんとか地面から切り離すと、たもとから紙を取り出して、その術を吸い取らせた。

 クー子は、ねぎらおうと、蛍丸を見る。

 刃が、かけていた。


「蛍丸ちゃん! なんで言わないの!? 欠けてるじゃん、痛くないの!?」


 ねぎらいの気持ちは吹き飛んで、心配が心を埋める。


『ふふっ。私は、そう言う神器でございますよ。魂は、なかごにだけ宿っているのです』


 だから、蛍丸は全く傷ついていなかった。欠けようが折れようが元通りになると素戔嗚すさのおがいったはずなのに、クー子という新しい主は心配症なのだと理解した。


「一応、人の姿になってくれる?」


 クー子はやはり心配である。蛍丸が怪我をしている気がしてたまらなかった。


「はい。……あ! こうなるのですね!?」


 蛍丸は、刀身がかけた状態で初めて人化した。そして、刀身の状態がどこに反映されるのかを初めて知った。


「え!? どうなったの?」


 わからないクー子は、訊ねた。


「ここです。穴があいています」


 それは、着物だったのだ。痛くないわけである。ただ、折れているときは何があっても人化しないと心に誓った。おそらく、裸であろうから……。


「よかった……。これ、つくろったら刀身治ったりするのかな?」


 とにかく、クー子は蛍丸に怪我がないことを安堵した。


「どうでしょう? それより、戻りましょう。手がかりを掴めたのです」


 つくろうとどうなるのか、蛍丸にもわかったものではない。それに、この程度だと道具を取りに行く間に元通りな気がした。


「あ、うん!」


 そんなことより大切なのは、手に入れた手がかり。妖力を無理やり押し付ける事によって、直前に浴びた感情を再現させるつもりで行った。

 それは予想外に大成果だった。術まで再現されたのである。ただ、その術は全体の一部でしかなく、クー子には内容まではよくわからなかったのである。

 クー子は、とりあえず幽世から出たのであった。

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