第66話・巡る銀の星

 次の日のことである、この日高天ヶ原たかまがはらに大事変が起こった。


「聞いてくれ! 魔術師の奴ら、鍋石にきやがったんだ! 俺たちは、黄金の夜明けを舐めていた! 奴らは、人間を使い捨てにして、一歩一歩天照あまてらすの瞳に近づいている! 祭りは終わりだ、これから厳戒態勢に移行する! 本当に申し訳ない……」


 最奥の舞台の上に立つ、素戔嗚すさのおが言った。

 幾多のフェイクを重ねて、多重に封印を施してあるのが天照あまてらすの瞳。その封印の一つが、鍋石に存在する一級神器“餅鉄剣もちかねのつるぎ”だ。偽物は、磁鉄鉱を元に作られた剣であるが、本物はヒヒイロカネの剣だ。


「今から言う神は第一席の間に参れ! 瀬織津姫せおりつひめ天目多々良あまのめのたたら建速焔たけはやのほむら蛭子菅原道真ひるこすがわらのみちざね稲荷駆兎狐いなりくうこ! 以上五柱!」


 為政者としての姿の大国主おおくにぬしが言い放つ。

 これらの神は主に鍋石の社に配属された神々。特に、餅鉄剣もちかねのつるぎの偽物が置いてある尾崎神社おざきじんじゃ近隣の、神々だ。

 もちろんその本物が置いてある神社の神も呼ばれているだろう。それは、不動大照宮にある。これもまた、餅鉄剣もちかねのつるぎを隠すためである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クー子はコマたちを宇迦之御魂に預け、第一席を訪れる。そこには、呼ばれた神以外にも、幾柱かの神がいた。そこに、葛の葉くずのは祓魔師ふつましも居た。


「しばらく、鍋石に配属になる。倶利伽羅くりからだ」


 倶利伽羅くりからは、仏教名を主体として活動する神であり、明王みょうおうであるとされる。


「とりあえず、現状説明だな。黄金の夜明けは現在、餅鉄剣もちかねのつるぎという名前自体にはたどり着いていると思われる。尾崎神社の結界に反応があった。詳しい話を瀬織津姫せおりつひめ、頼む……」


 素戔嗚すさのおの指名を受けて、瀬織津姫せおりつひめが話し始めた。


今瀧いまだき瀬織津姫せおりつひめです。尾崎おざきにある餅鉄剣もちかねのつるぎは確かに偽物です。ですが、錆びた姿でありながら、あれは神器に違いありません。注がれる伝承を、本物のそれに流し込むように作られたものです。赤錆の皮の下には、その術式の核が収められています。秘匿用の術式も多数用いましたが、それでも破られる可能性はあります。最悪、本物にたどり着くかも……」


 本物は、直接地脈に刺さっている。それ一つ引き抜かれれば、天照の瞳から流れる神通力が解放され始めてしまう。手がかりが確実に一つ増えるのだ。


「いくつか、神社から石を口寄せた。駆兎狐くうこ、どう思う?」


 大国主おおくにぬしは、盆に載せたいくつかの石をクー子に見せた。

 それは、境内で術が発動されたとすれば影響を受けているものが必ず見つかるように選ばれたものだ。


「一見ですが……残滓が、どこにもありません」


 これは、神々のダメ元である。基本的に、神族最高の術師は思兼である。そんな、思兼も残滓を見つけられなかった。

 だから、少し特異な術も使えるクー子に訊ねてみたのだ。何か見つかる可能性を考えて。

 だが、クー子はまだ諦めない。アプローチの方法を考え続けた。


「とりあえず、葛の葉くずのはよ。今年はもうひとかめ持ち帰れ。そして、帰りしだい解放するのだ」


 祭りの最終日には、社につき一つかめが渡される。破魔の術式が込められた大量の神通力を封じ込めたかめである。神主が居る神社では、大祓詞おおはらえことばを合図にそれを解放する。それが、冬の大祓おおはらえの正体である。


「かしこまりました」


 葛の葉くずのはは真剣な表情でそれを受け入れる。大量の神通力を撒き散らすことで、なんとか目をごまかすことができるはずだ。


「他の神も同様だ。今年は、鍋石を、重神之地しげかみのちとする」


 今年の鍋石は、本当に波乱になるだろう。大国主おおくにぬしだって、そんなことをしたいはずはない。それをすれば、妖怪は近隣の地域に流れ込むのだ。


「見つけられれば早いんだがな……。クー子、ネット使ってどうにかならねぇか?」


 素戔嗚すさのおが、苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「それは……どうでしょう? 調べれば、黄金の夜明けの支部は出てくるでしょうけど……」


 そう、情報はきっと出てくる。ただ、そこに本当に術が使えるほどの者がいると思えない。術を使うには、いくつも段階を乗り越える必要があるのだ。


「発言よろしいでありますかな?」


 祓魔師ふつましが言った。


「どんな情報でもありがてぇ。遠慮するな!」


 素戔嗚すさのおがそれを承諾して、祓魔師ふつましは話し始める。


「アレイスター・クロウリー。彼が、転生している可能性を示唆したいのであります! 人間で彼以上の術師はいないのであります。思兼おもいかね様、駆兎狐くうこ様、この二柱を掻い潜る術を使えるのは、おそらく彼だけでありましょうな」


 黄金の夜明けの創設者、アレイスター・クロウリー。死んだのは、つい最近である。転生を考えるなら、あまりに早すぎる。

 それに……。


「いや、まさか!? ありえんのか!? フラター・ペルデュラボーって、あいつの名前だろ!?」


 魔術師は、フラターから始まる魔法名を自分に付ける。素戔嗚すさのおは根の国で、そう名乗る魂に会っていた。


「確かに、それは彼の名前でありますな……」


 もはや手詰まりと思われ、祓魔師ふつましもがっくりとうなだれる。


「一つだけ、試させてください。抜刀の許可を」


 クー子は求めた。それが、唯一手がかりを得られるかもしれない道であった。


「俺は構わねぇ!」

「やりたまえ!」


 その場に居る最上位の二柱の神は、即時承認した。

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