第65話・宇迦ちゃん先生

 放送を終え、コマ組を探していると、それは酒蔵しゅぞうで発見された。


「目に見えない小さな小さな生き物が、お米を食べるのさ。すると、酒になる! お米っていうのは、光を6、水を5、それを植物がくっつけて作ってるんだ! あたしたちにゃ、光は掴めないだろ? で、酒精っていうのは光を2、水を1、水の素を4さ! 米のままだといろいろ余っているだろ? 小さな生き物は、そこだけが好きみたいだね!」


 そしてなぜか、とても宇迦之御魂うかのみたまは科学的な話をしていた。

 この話は、全て化学式に置き換えられるC6H10O5……デンプン。C2H6O1……エタノール。それは、途中経過をかなり省いた酒の醸造の話である。


「植物は、光を食べられるようにしてくれるんですね!」


 大方、話の始まりはみゃーこが宇迦之御魂うかのみたまオリジナルに訊ねたことに起因する。お米がどうしてお酒になるのかと。


「植物……すごい!」


 だが、聞いているうちに、彼女らの興味は植物に移っていたのだ。

 宇迦之御魂うかのみたまにとっては、むしろそれが嬉しい。なにせ、作物の神、豊穣神だ。


「博識でいらっしゃいますね! この蛍、感服いたしました!」


 神の脳は子供の機能を損なわないのだ。それに合わさり、もう一つだけ要素がある。


「長く生きてるから、知ってるだけさ!」


 宇迦之御魂うかのみたまは、そう言って笑った。億年単位で生きていると、好奇心を刺激されることだって少なくない。

 神々は、脳内に高度な科学知識も持っていたりする。文明を発達させた時代もあった。だが、現代人類レベルになるほど発達させる前に、一周回ってしまったのだ。動物としての本性を持つ神も多いことから、一周回るのが早かった。適度に科学を捨てて、楽しく生活する。それが、神の生活様式である。

 言ってしまえば、これはアルティメットおばあちゃんの知恵袋だ。


「ありがとうございます……」


 クー子は自分のコマたちに、一切手を抜かずに解説してくれる宇迦之御魂うかのみたまをありがたがった。


「せっかくの好奇心だ! 満たしてやるのが、神の努めさ!」


 答えたのは、分身の方の宇迦之御魂うかのみたまである。だが、考えは同じだ。だから、答えも同じものだった。


「思い出しますね。地球史を語ってくれた、昔のこと。微生物のラブロマンスはびっくりしました……」


 クー子は思いを馳せた。

 地球で最初に性別を獲得した微生物の話があったのだ。その生物は、既に滅んでいる。だが、神はそれも見てきたのだ。


「面白かったろ? 思考が単純すぎて、バイオレンスで!」


 四つの感情しか持たない生物のラブストーリー。嫉妬した、殺す。なんてことが、日常茶飯事だったと言っていた。

 その四つの感情の内訳はこうだ。自分の生きるための糧が潤沢であるという幸福。不潤沢であるという、不幸。他人が自分より潤沢な、嫉妬。他人が自分より不潤沢な、優越感である。

 感情は、全てここから派生して生まれているのだ。

 ただ、その生物は、4ビットだったのである。嫉妬スイッチがオンかオフかみたいなことしか考えていなかった。


「いえ、全然わからなかったです……」


 複雑化した感情を持つクー子には理解できない話だった。


「そりゃ、残念だ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそう言って笑った。

 でも、クー子は考えた。自分がコマたちの好奇心を無駄にしないためにどうしたらいいか。

 答えは簡単だった。脳内にスマートフォンを持っているようなものだ。いつだってGogglesで検索すればいい。それで、大概の知識は手に入るだろう。


「ところで宇迦之御魂うかのみたま様、質問です」

「はい、蛍!」

「我々には、なぜ光が必要なのですか?」


 先ほどの説明だと、人間は光すら食べていることになる。なら何故、そんなにも光が必要なのか。知らなければ、誰だって気になるだろう……。


「太陽は、暖かいだろ? そして夜は寒い。冷たい鉄は硬いだろ? 柔らかくないと、形を変えられないだろ? そりゃ、神や人間も同じなのさ。だから、お天道様の暖かさを外からも中からももらって、生きていくのさ!」


 それは、少し蛍丸に寄せた回答だった。

 蛍丸、鍛造されたのは少なくとも1333年。日本の、科学文明がまだ発達していない時期だ。

 刀に科学を説く人間はいないし、知る機会はなかった。神である今、まるで子供だ。だから、宇迦之御魂うかのみたまは教えていくのである。


「人も熱いうちになのでございますね」


 蛍丸は感心した。知識が広がっていくのが楽しかった。


「叩いたら、死んじまうけどね!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそう言って笑った。

 コマ組は、学ぶことに楽しさを見出していた。

 それは、宇迦之御魂うかのみたまが、もし子供を持つならやりたかったこと。あいにくと、結婚はしていないが、宇迦之御魂うかのみたまはそれをコマに対して出来た。

 好奇心を見逃さず捉え、面白おかしく話してやる。そして、次の好奇心を爆発させる行為。宇迦之御魂うかのみたまにとって、それがコマ育てで最も楽しいことである。

 だって、将来賢く育つ姿がいくらでも妄想できるのだ。

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