第63話・中座

 素戔嗚すさのおとの話を終え、とりあえずのつもりでクー子は第六席、宇迦之御魂うかのみたまの場所へと戻った。


「おかえり、クー子。ところでだ。昨日は飯食って寝ちまったから、あんまり家の中を見られなかったんじゃないかい? みゃーこ、クルム!」


 宇迦之御魂うかのみたまは言った。何か、企みがあるような顔で。


宇迦うか様、ここにいなくてもよろしいのですか? お祭りの途中ですのに」


 みゃーこは訊ねた。それは、みたいに決まっている。自分が所属している神族の最大の聖地、そんなものはきちんと時間をとって回りたい。

 仏教徒が寺院を訪れたがるように、キリスト教徒がエルサレムを訪れたがるように。

 だけど、祭りとはいえ、神には仕事があるのではないかと思ったのである。


「あぁ、そりゃ一日目と最終日の話だね。それに加えて、最終日前日もクルムの仕事があるね」


 本来は最初と最後。初日は、高天ヶ原たかまがはらを訪れた神々が、他の神族の主神に挨拶回りをする。それに答えるのも立派な仕事だ。お互いに仲良くやることを誓い合うのである。

 渡芽わための仕事は、神坐かむずまびらき。渡芽わためを正式に稲荷の神族として受け入れ、転生させることである。


「それならば! あ、クルムはどうですか? 見たいですか?」

「ん!」


 みゃーこが訊ねると、渡芽わためは強くうなづいた。


「待ってください、たまちゃんはどうするんです!?」


 クー子は相変わらず、玉藻前たまものまえを家守神族に間違われそうな名前で呼ぶ。化け猫系のそれであると、通行人は思っただろう。


「あの子が、二席で出店やってくれるから、あたしらが帰れるんじゃないか! それに、たまはいつでも家に来れる。なにせ、住んでるんだからね!」


 宇迦之御魂うかのみたまは、そう言って笑った。


「じゃあ、帰ります? 二人に楽しんでもらいたい用事しかないので、どれを優先しても大丈夫です!」


 クー子は言った。妖怪退治用の高天たかまの塩もまだたっぷりある。いつでも天拵あまぞんで買える。だから、この日は問題ないのだ。


「そうだねぇ! 行こう!」


 宇迦之御魂うかのみたまは変化を解き、狐の姿になる。その姿は、巨大にして立派。大人一人、それも大男が乗れそうにすら見える。


「無詠唱いいなぁ……わんっ!」


 クー子は、声を出さないと狐になることはできない。

 クー子の狐姿もそこまで負けているとは言い難い。一回り小さいほどで、二柱とも美しい毛並みだった。


「あんたら、あたしに乗りな! 普段はクー子の所に行ってやれないからね!」


 月夜つくよ神族がいない場合、動物の本性を持つ神々はこうして帰れる。人間の姿しか持たない神の方が不便である。


「恐れ多いです……」


 だが、みゃーこにとってそれは、主神にまたがる行為。易々とできることではない。


「仕方ないね……」


 宇迦之御魂うかのみたまが言うと、みゃーこと渡芽は宙に浮き上がる。主神ともなると、本当になんでもござれなのだ。

 二人はそのまま、宇迦之御魂うかのみたまの背に乗せられた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 二人はそのまま、宇迦之御魂うかのみたまの家に帰る。

 たどり着くと、宇迦之御魂うかのみたまはしっぽの毛を一本抜いた。


「「これで十二時間ほどは、二人になれる!」」


 稲荷神族は狐である。化かすことが本来得意なのだ。

 クー子がこの系統の術をあまり得意としないのは理由があった。化かす場合、対象をつぶさに観察する必要がある。なんなら、服の下に隠れているものすらも。

 だから、コミュ障のクー子は、観察対象を手に入れにくい。一番得意なはずの、この術系統を諦めているのである。


「「それと、その大太刀! あんた、蛍丸ほたるまるだろ? よかったら、自分の意思で見物していかないかい?」」


 蛍丸ほたるまるはクー子の背にいた。腰に侍ると言ったにも関わらず背になったのは、大太刀に分類されるほど大きかったからである。なにせ136cm。子供くらいの大きさがあった。

 ポンと音がして、煙が上がり、蛍丸ほたるまるは人の姿になった。人の姿になっても、背丈は刀の時と変わらなかった。


「申し訳ありません。寝ておりました……」


 素戔嗚すさのおの持ち主だったとき、蛍丸ほたるまるは常に刀の姿だった。人として自由に動ける姿では、神通力を少し消費する。その神通力は、天沼矛あめのぬぼこの封印に使っていたのだ。


「「いいだろ?」」


 分身含め、宇迦之御魂うかのみたまが言う。それぞれ独立して思考するが、同じ思考回路を持っているため同時に同じことを言ってしまうのである。


「もちろん。蛍丸ほたるまるちゃんもいっしょにあそぼ!」


 クー子の誘いに、蛍丸ほたるまるは少し考えた。


「そうですね……。魅力的なお誘いです!」


 出した結論は、もう自分の在りたい姿で在ればいい。神通力を消費したときだけ刀に戻ればいい、だった。

 神階を超越した神から、下級神の手に渡ったが、これはこれで悪くない気がした。なにせ、クー子の武器は自分だけなのである。


 そして、宇迦之御魂うかのみたまほんの少しだけ、自分同士で話し合いをしてから言った。


「じゃあ、みんな上がってきな!」


 二回目だろうと何回目だろうと、外に家をもつ限りこれがないと入れない。

 神の家の不便なところである。


「「「「はい!」」」」


 この時から、二人に分裂した宇迦之御魂うかのみたまが、それぞれ違う状況だったのだ。

 それにより、二人の宇迦之御魂うかのみたまといっしょに家の中を案内するつもりだったクー子は、途中で首根っこを引っ捕まえられて、引っ張られていく。


「あんたはこっち!」


 と、分身の方の宇迦之御魂うかのみたまに言われて。

 宇迦之御魂うかのみたまは、帰ると言った時からずっと企んでいた。とあることを……。

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