第62話・神器授与

 神々の秘め事の話が終わったあとの、素戔嗚すさのおは急に言い出した。


「ところでだ……みゃーこ、お前いいもの持ってるな!」


 みゃーこが持つ五級の神器を、主神の中でも神階すら超越した神がそう称した。つまり、それは五級に分類されているのがおかしいものなのだ。


「これが何かわかるのですか!?」


 みゃーこは訊ねる。宇迦之御魂うかのみたまですら、それに気づくことはできなかったのだ。


空御霊からみたまとでも言おうか。付喪つくもになることが確定した神器だ。今のうちに、俺がそれの所有権をみゃーこにしておく。だから、柄を外してくれ」


 付喪つくも……付喪神つくもがみのことである。神通力を餌に、それを目指して成長していく、空の魂がそこに宿っていたのだ。


「それは、一級じゃないですか!?」


 付喪神つくもがみが宿った武器の神器、それは一級神器の最低条件である。一級は、心を持った神が宿っている。そんな剣は、切るものを自分で選ぶのだ。

 例えば、妖怪に憑依された人間を切りつけるとする。一級神器は、人に傷を与えずに妖怪だけど切り裂くことができるのである。


「まだ、そこまでじゃない。でも、そうなりそうだから今のうちに俺がみゃーこのだって認めちまおうって話だぜ!」


 素戔嗚すさのおが認めることによって、それが一級になったとしても取り上げられてしまうことはなくなる。


「では……」


 みゃーこは目釘を外し、なかご※柄の中の部分あらわにした。そこに刻まれていた銘は、つるぎ


「ほぉ……なるほどな。これから、育っていくから子の剣か! お前が育てるんだぞ!」


 ようやく明らかになった、みゃーこの剣の正体。武神……英雄神と言ったほうが近いかもしれないが、そんな側面を持つ素戔嗚すさのおは剣の眼識に優れていた。


満野狐みやこがこんな……本当によろしいのでしょうか?」


 みゃーこにとって、それは十分な恩寵おんちょうであった。だが、素戔嗚すさのおの気に入り具合はこんなものではない。


「クー子のコマなら、安心だ。でだ、妖怪に取り憑かれた人間をクー子は助けたんだったな? 似たようなこともあるかも知れないし、一級が必要だよな?」


 だから、超理論のこじ付けが行われた。


「え、えっと……そんな……」


 クー子は固辞こじを試みるも、素戔嗚すさのおは荒ぶる神。こういった部分では、人の話を全く聞かない。


「起きろ、蛍」


 素戔嗚すさのおが口にしただけで、さっきまで刀だったものが人の姿へと変貌した。


素戔嗚すさのお様。何か御用ですか?」


 それは、身の細い少女だった。黄色く光る瞳が妖しく、雪のような肌はまるで陶磁器のようだったのである。


「お前に、この稲荷……クー子を頼みたいんだ」


 素戔嗚すさのおが言うと、少女はクー子を見つけて、頭を下げた。


建速たけはや蛍丸ほたるまると申します。お腰に侍らせていただくこと、お許し頂きたく」


 丁寧な、そして落ち着いた少女である。

 蛍丸ほたるまると言えば、一級神器最下級とされる。だが、そもそも蛍丸ほたるまるは鋼だ。鋼が一級神器に分類されるなど、前代未聞である。


「コイツはな、折れても元通りになる。錆びてもだ。そのくせ、滅多なことじゃ折れない。かなり頼りになるぜ!」


 塩を使うことが多い妖怪退治。鋼は塩で錆びてしまう。だから、蛍丸ほたるまるのような特性がないと実用に耐えないのである。


「これが付喪つくも……」


 みゃーこはつぶやくが、彼女はそんな生易しいものではない。


「その中でも上位だよ……」


 蛍丸ほたるまるは剣の姿になれば、とてつもない切れ味を誇る。だが、単独の神としても戦えてしまいそうだとクー子は思った。


「コイツと組んじまえ。そんで、縁月えにしのつき渡芽わために下げ渡せ」


 いくらなんでもだ。コマが二級の神器などありえない。従三位が一級の神器などありえない。


「恐れ多いですって! それに、儀式のその時まで、この子には人間の道を……」


 あと少しだけしか時間はない。それでも本当に渡芽わためが後悔しないのか、それは儀式が終わっても悩むだろうとクー子は思っていた。


「なわけあるか!」


 一喝し、素戔嗚すさのおはそれを否定する。


底津そこつが稲荷に入れたって聞いたぞ。それは、それが渡芽にとって一番後悔のない未来だ。表層心理から深層心理まで一貫して、渡芽わためは稲荷になりたいってことだ!」


 素戔嗚すさのおの言葉を、渡芽わためは頷きながら聞いていた。

「いらない……」


 渡芽わためは、それだけはなぜわかってもらえないのかと、疑問で仕方なかった。


「わかったよ。もう言わない。ごめんね、後悔して欲しくなくて、慎重になりすぎた」


 クー子は過保護だったのだ。だけど、証拠があり、本人の言葉がある。後悔しないのなら、それでいい。クー子は、これにて最終確認を終えた。


「では、素戔嗚すさのお様。私は、これにて……」


 蛍丸ほたるまるは、クー子の横に並ぶ。


「おう! 元気でな!」


 短い別れを、素戔嗚すさのおは告げた。


「クルム。これを……。どうか、あなたの導になりますように」


 クー子は縁月えにしのつき渡芽わために渡した。

 だが、おかしい。渡芽わための神器は矛であったはずなのだ。レリエルは、そう予言していた。

 矛は目の前にある。天沼矛あめのぬぼこ、それはあまりにまさかである。強烈な呪いを帯びた至高の神器は、誰も手に触れることなどできないのだ。

 神階に対して、持っている力もアンバランス。持っている神器もどこかおかしい。そんな、特異点のような三人組になったのであった。

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