第60話・空の重罰

 しばらくしてから、二人で納得してから、二人は離された。

 大国主おおくにぬし素戔嗚すさのおを呼んでいた、そして底津そこつ宇迦之御魂うかのみたまを呼んでいた。その宇迦之御魂うかのみたまが、渡芽わためを預かっている。

 クー子は今、五柱の神の前に立っている。


「クー子、本当にごめんなさい。神の抱える問題の、その根本にあなたを巻き込みました。あのお方はもはや、真名さえ忘れておられる。いつ、根に落ちるとも知らぬ、か弱き神に成り下がった」


 全ては茶番だ。ただ、伊邪那岐いざなぎが根に落ちないようにつなぎ止めるための。

 伊邪那岐いざなぎの道、茶化しに茶化して隠してきた神の永遠の謎、その始まりがそこにある。

 ただ、思兼おもいかねだけは知っている。伊邪那岐いざなぎ高天ヶ原たかまがはらにつなぎ止める、彼の道の最初の一歩を。


 それは、自尊心である。これだけは古事記ですら、神の放った原文に近い。その時、天之御中主あめのみなかぬしはこういったのである。“それは績和実いさなみの方が先に物を言ったので良くなかったのだ”。最初から自信を持っていた伊邪那美いざなみは、既に道に入っていた。だが、伊邪那岐いざなぎは自分から声を掛けることが出来ないほどに自信がなかったのだ。だから、道に入ることができず、神との間に子を産めなかった。


 思兼おもいかねはこの夫婦神から生まれた神ではない。第十一席、秘された賢者の座だからこそ、知っているのだ。


「オヤジに啖呵切るってのは、清々しいじゃねぇか! どうだ? お前の血で天孫降臨しねぇか? 相手は、この大国主おおくにぬしとかどうだ?」


 素戔嗚すさのおはそんな、真面目な話をしているにも関わらず、荒ぶっていた。この、清々しいという言葉、素戔嗚すさのおの口癖である。


義父上ちちうえ、もう少し真面目になさってください。これから、彼女に与える名目上の罰を決めねばなりません」


 自分に害を成した神が一切の罰を受けなれば、中津国なかつくにに初めて降りた頃の伊邪那岐いざなぎよりはるかにひどいものになってしまう。誰にも認められないと思い込むだろう。


 それは、奇しくも、妖怪に取り憑かれ頃の渡芽に少し似ている。


「堕とすのも道……」


 底津そこつが言う以上、そこには一つの糸口がある。だがやはり、立場を考えれば、そのようにはできないのである。


「あかんやろな……。そんなことになれば、多くの神が根に下る」


 導いてくれると思っていた神が急に荒御魂あらみたまになれば、絶望もしようものである。


「放免でいい……」


 底津そこつの目には、伊邪那岐いざなぎが一方的に悪く見えたのである。


伊邪那岐様いざなぎさまも、別天神ことあまつかみより流れを受けた身でしかありません。断ち切るのが、神の有り様です」


 それすらも知っているから、知恵の神なのだ。八栄えやはえがたどり着くべき道を、永遠に探し続けている。悟りを……。


「とりあえずだ! クー子よぉ、とりあえずここだけは絶対譲りたくないっていうのはあるか?」


 意外にも、最も荒ぶる素戔嗚すさのおが話を進めた。


「えっと……。満野狐みやこ渡芽わためは、私のコマであってほしいです」


 一度育て始めた。だから、最後まで面倒をみたい。引き離されるのは、きっと辛いだろうから……。

 クー子はそう思っていた。だから、それだけの安堵を求めた。


「よし、じゃあ従三位以下には落とさねぇ。それでいいな?」


 素戔嗚すさのおは既に、クー子を気に入っていたのだ。自分よりも強いと思わしき相手に立ち向かう度胸を。家族を大切にする優しさを。


「神階だけ、落とす……?」


 底津そこつは言った。そして、蛭子ひるこはそれがどういう意味か気づいた。


「悪い人やでぇ、実質意味ないやん! クー子ちゃん、いまこうしている間にもえげつない功績稼ぎよってるっちゅうに。一年もあれば、正二位やん!」


 神にとっての一年など、明日のような感覚だ。

 クー子は、印税を大量にもらっているようなものである。


「しかし、良い案だね。従三位まで落とせば、厳しく罰したと思っていただけるかも!」


 大国主おおくにぬしが言ったことで、ハリボテな厳罰が姿を表した。


「そんなものでいいのでしょうか?」


 クー子は戸惑う。普通に考えて、許されないことをしたのだ。


「いいだろ? 本当は罰与えたくないんだ! なんなら、俺は天孫降臨させてぇ!」


 素戔嗚すさのおは滅多に神を気に入らない。だが、気に入るとすぐに中津国を任せたがるのだ。


「義父上はこの際、無視しよっか。でも、俺はそれでいいと思う。正直、罰したくないから」


 大国主おおくにぬしの意見に、その場の神が次々と賛同した。

 欲しかったのは、クー子を知らなければ超厳罰に思える、超軽微な罰である。そんなものを、底津はいとも容易く思いついてしまった。


「ごめんなさいクー子さん。一年だけ我慢してくださいね!」


 思兼おもいかねは申し訳なさそうに言う。


「どうせ、とんでもないことをする……」


 底津そこつはそんな予感がしていた。彼女の予感は、いろいろな神の深層心理を見て、蓄積された情報から発せられる。つまり、ほぼ予言なのだ。

 こうして、クー子の神階は従三位まで落とされた。法的に、コマを持てる最低限の神階である。

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