第58話・高天稲荷大社

 その後は、下の席を周り、最後に第六席に戻ってクー子たちの祭りの一日目は終わる。


 先頭には男が、数多の動物たちを従えてくる。人の姿を取らない彼らは、夜の神。

 人の目は、光がないと世界を見渡せない。夜は恐ろしい世界だ。だからこそ獣の強さが必要なのである。


 クー子たち稲荷いなり神族の席は夜の間は空席だ。宇迦之御魂うかのみたまは、地上届く豊穣の光を命の力に変えるの豊穣神。だから、葉緑体のような神なのである。


 だからといって、夜の神に軽んじられる訳ではなかった。夜の最高神に似たるものとして、敬意を受けている。


「昼の神にたてまつる。どうか家路いえじを我が背にて……」


 止まったのは、大きな狼だった。

 夜の神で人の姿を取るのはただ一柱、同じ神族であっても例外はない。彼らは、月夜つくよ神族。狼が、月に吠えるのは、そこに主神が居るからである。


「ならば、月の導に従いましょう……」


 夜の最高神は、大国主おおくにぬしよりもさらに位の高い神である。高天ヶ原たかまがはらの運営に携わる、三貴子みはしらのうずのみこ最後の一人だ……。

 宇迦之御魂うかのみたますら、その神族には頭を垂れて、敬意を評した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クー子たち稲荷神族は、その狼の背に乗って高天ヶ原たかまがはらを往く。

 高天ヶ原たかまがはらは人間である渡芽わためには奇異きいに映った。森と街が混在しているのだ。深い森の中に、神社のような神の家がある。かと思えば、宮殿のような家もところどころあり、木に表札がくくりつけられているだけの場所すらある。


 舗装ほそうされた道などはなく、獣達の通り道がそのまま神の通り道だ。だから、獣の背に乗って移動するしかない。


「ふかふか……」


 それはさておき、月夜つくよ神族の毛並みは素晴らしかった。同じイヌ科だけに、クー子の毛並みにも似ていると思った。


「そうであろう! 月夜の銀狼は、稲荷にも劣らぬぞ! ふはははは!」


 渡芽わための乗せている狼は、褒められて上機嫌である。

 狼は神一柱につき、一体。主神を乗せるのが神格で、それ以外はコマである。


 クー子、みゃーこ、渡芽わため、三人乗りができるのにコマなのだ。西洋の人間が見たら、フェンリルだと呼びたくなるだろう。実際、フェンリルは月夜つくよ神族の日本名が無い神格者である。


「その発言やめとこ? イヌ科神族戦争になるから」


 と、クー子は狼をたしなめる。イヌ科神族戦争は、別に深刻な戦争ではない。きのこたけのこ戦争に似た何かである。


「なに! それを楽しんでいるのですよ!」


 もちろん、そういう派閥も存在するのだ。その、戦争ごっこが楽しいと言う派閥も。


「ところで、先頭を歩いていた男性はなんという方ですか?」


 みゃーこもまた、月夜神族と出会うのは始めてだ。好奇心の強いみゃーこ故に、聞かざるを得ない。


「あれは、月夜見つくよみ様。我らの主神だ!」


 はっきり言って、月夜見はイケメンである。ただし、女神曰く、天名あめのなつるぎと呼ばれるタイプ。この、天名あめのなつるぎは、名前に天がついている武器は一級以上の神器が多く、手に入らない。よって、女性は高嶺の花、男性は天名あめのなつるぎだ。


「もふもふ?」


 渡芽わためはそんなことが気になっている。


「ウハハ! 月夜見つくよみ様は確かに狼男の仮姿も持っていらっしゃる! 美しい毛並みだぞ!」


 本性である人間が有名なのが日本。仮姿である狼男が有名なのが西洋である。

 だが、フェンリルより狼男の方が貴いことはほぼ知られてないない。


月夜見つくよみ様のそっちに興味を持つのは、渡芽わためくらいかな……」


 なにせイケメンで知られている神。クー子は渡芽わための着眼点の違いを面白いと思った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 しばらく走って、稲荷一行は宇迦之御魂うかのみたまの社に着く。こここそが本社もとやしろ、稲荷神族の聖地である。


「では、警邏けいらでそこらに居りますので!」


 一行を送ったのは三匹の狼。うち一柱だけが神格を持っている。


「よろしくお頼み申す。酒乱もいるからね……」


 神といえど、祭りで羽目を外しすぎるものは多い。特に、多神教でしか活動しない神々だ。だから、宇迦之御魂うかのみたまが言った。


「ふふっ、もちろん! そのための警邏けいらです!」


 ついでにそれも取り締まるのが月夜つくよ神族の役割である。

 月夜つくよ神族の狼達は踵を返し、広がる森へ消えていく。それを見送ったあと、宇迦之御魂うかのみたまが改めて言った。


「みゃーこ、渡芽わため。ようこそ、あたしのうちへ! さ、上がって行きな!」


 招き入れてもらわない限り、神の家には入ることができない。神の家の扉は、とても強固な結界である。


「はーい!」


 と、みゃーこ。


「大きい……」


 あまりの大きさに圧倒される渡芽わためであった。

 なにせ、稲荷神族が増えたとき、ここはその全てを受け入れなくてはならない。そのために大きく作られている。


「んでおかえり。玉藻前たまものまえ、クー子、美野里狐みのりこ


 玉藻前たまものまえと、美野里狐みのりこは今ここに住んでいる。本当は妲己だっきの家もここだが、絶賛仕事中である。


「「「ただいま!」」」


 稲荷神族六人、扉をくぐって中へと入ってゆく。

 あとは、神酒を飲んで眠るだけ。ちなみに、神の世界では酒と付けばなんでも神酒である。アルコール度数0%の甘酒も例外ではない。コマのうちは、この甘酒を飲むのが決まりだ。未成神飲酒禁止法は、近年制定された法律である。

 酒蔵にはいろいろな酒がある。当然、口噛みの酒も置いてある。クー子の口噛みの酒は、宇迦之御魂うかのみたまにとって記念品なのだ。

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