第55話・異教コラボ

 第二席の奥、そこには高天ヶ原たかまがはらに住む神々の主神以外がほとんど集まっている。それはまるで、縁日えんにちのようなのだ。

 西洋在住の神も、日本在住の神も。もちろん、ほとけだって居る。


「パンである! キリスト教名物パンである!」


 そして、今年はあの祓魔師ふつましも店番をしていた。神在月例大祭かみありづきれいたいさいのキリスト教名物の一つ、イエス・キリストのパン。


「稲荷のお野菜菓子ですー! 神通力もりもりで甘く作りましたー!」


 なんの因果か、一店舗挟んで玉藻前たまものまえが店を構えていた。


「なれど! 人はパンのみにて生きるにあらず!」

「コラボして、ピザパンにしました!」


 挟まれた店では、かのイエス・キリストが美野里狐みのりこを肩に乗せて店を出している。

 高天ヶ原たかまがはらは、例大祭のうちはずっとカオスである。


「人間……」


 そこには、高天ヶ原たかまがはらでは逆に希少種な、本物の人間がいたのだ。


「あ、うん。でも、あの人間。特別いい人だよ! クルムのこと、助けようと声をかけてくれたんだ……」


 もう二度会っているし、クー子は祓魔師ふつましが怖くなかった。むしろ、愛嬌あいきょうを感じている。どこかコミカルな、三枚目キリスト教おじさんである。

 そもそも、高天ヶ原たかまがはらの男性陣は顔が二枚目でも性格が三枚目などザラだ。男性神族は、大概お茶目である。


「大丈夫?」


 渡芽わためは、クー子を信頼したい。だって、これまで裏切られたことは一度もなかった。そろそろ、クー子が大丈夫と言えば大丈夫なのだと思いたかったのだ。


「怖いことをクルムにするようだったら、となりのイエス様が黙ってないよ!」


 イエスは大国主を主神とする大黒神族である。優しいことで有名で、特に身体的健康を守ってくれる神々だ。

 中でも、イエスは他人の空腹を許さない。ただ、自分は空腹でもいいと思っている。大国主にそこを直せと注意されているのだ。


「行く!」


 そう言って、渡芽わため祓魔師ふつましの店に駆け寄った。怖いと思っている部分があったから、助走が必要だったのである。


「あ、クルム!」


 と、それをみゃーこが追いかける。

 そのあとを、クー子が歩いて追いかけた。


「む! あの時の少女であるな! 顔色が良いである! 元気な顔を見ることができて、喜ばしいである! 甘いパンは好きであるか?」


 渡芽わためは驚いた。祓魔師ふつましからかけられたのは、優しい言葉の数々。人間にも優しい人はいるではなく、この人は人だけど人外なのだと認識した。

 渡芽わためはそれだけ人間に絶望している。放置されて育った環境。それが不幸だと気づいたときに。親はその象徴にしか過ぎない。周りの大人は誰も助けてくれなかった。見て見ぬふりを、されたのだ。

 だからこそ、良心は人外にのみ備わった特徴だと思った。まるで、天使の羽のように、狐の尻尾のように。


「好き……」


 渡芽わためは言った。親愛の光が僅かに揺らめく瞳で。


「これは、あなたの戦利品である! クー子様に、自慢してから食べるのだぞ!」


 自慢させる理由は、与えてもいいかという伺い。戦利品と表現したのは、恐怖と戦った渡芽わためへの敬意だった。


「ありがとう!」


 渡芽わためは、祓魔師ふつましに礼を述べる。

 それを見て、イエスは言った。


「アウベルトゥス。良き施しです」


 イエスにとって、祓魔師ふつましは我が子も同然。アウベルトゥス、彼の洗礼名を用いてそれを賞賛した。


「お、恐れ多いでありますううううううううう!」


 祓魔師ふつましは感涙した。なにせ、自分たちに救済を与えたもうた神からの賞賛である。敬虔な彼は、そもそも並んでいるだけで、会えただけで感激だったのだ。


「クルム、メロンパンです! イエス様はパン作りの達人ですよ! きっと、とても美味しいです! さ、クー子様に自慢しましょう!」


 追いついたみゃーこを含め、神々はクー子に断られるとは思っていない。仲のいい人から、子供が奢ってもらったという感覚である。さすがに、高価だったり量が多かったりすれば断るが、メロンパン一個だ。


「もらった!」


 渡芽わためはクー子のそばに行って、それを掲げた。


「やったね! お礼もちゃんと言えて偉いよ!」


 クー子は、もらってすぐにお礼を言った渡芽わためが誇らしかった。だが、すぐにもっと誇らしいことを渡芽わためは言った。


「三つ……分ける!」


 そう言って、クー子にメロンパンを差し出してきたのだ。

 クー子も泣きそうになった。コマのいい子がすぎると、神は泣くものである。


「うん、分けるね……! クルム、ありがとうね!」


 あそこから、どうしてこんなにもいい子に育ったのか。クー子は疑問だったが、それは単純にクー子の育て方が良かっただけである。

 クー子はパンを三つにちぎった。自分の分は小さく、そしてみゃーこと渡芽の分は大きく。


 屋台の神々はその様子を、ほっこりとした顔で眺めていた。

 その後、クー子はその三店舗で買い物をした。玉藻前たまものまえと話をしたり、祓魔師ふつましにこの前の勘違いを謝ったりもした。


 そして、さらに奥へ。三人で縁日を堪能たんのうしたのである。

 渡芽わためは理解した。ここには、人間がいないのだと。そして、神々の多様性にも驚いた。顔が琵琶びわだったり、狐耳ではなくネコ耳だったり。果ては狼の耳も居た。ただ、狐も狼もイヌ科。言われなければ、見分けが付かなかったのである。

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