第54話・おっちゃん大明神

 第二席、コクマー。父性、すなわち文化と知識を与える神々の座す場所。


「みゃーこ、クルム! ようこそ、お祭りの中心……」

天之楽市あめのらくいちへ! ってなー! すまへんすまへん、横取りしてもうた!」


 クー子がその場所を紹介しようと、張り切って声を上げていると、後ろから現れた恰幅のいい男にそのセリフを横取りされる。

 クー子は、その声に聞き覚えがあった。まるで油を指していない絡繰カラクリのような動きでギギギと首を回すと、そこには第二席で最も注意すべき人物がいたのである。


「あなた様は!!??」

「誰……?」


 訳も分からずノるみゃーこと、少し怖がる渡芽わため。ここには人間がいないことは、渡芽わためもいい加減わかっていた。でも、人外要素が全くないのは怖いのだ。


「おっちゃんは、蛭子ひるこ言うんや! おおきにな! ほな、いこか! おっちゃんがなんでもこうちゃるでぇ!」


 彼こそが、恵比寿えびす様である。またの名を、太っ腹大明神とも呼ばれている。本人は嫌っているためこの二つなで呼ぶのが良い。さもなくば、手に持ちきれないほどのお土産を覚悟せよ。それがこの、蛭子命ひるこのみことと出会った時の神々の標語である。


蛭子ひるこ様!? なんで毎度私がここに来ると、背後に現れるんですか!?」


 クー子はこの蛭子命ひるこのみことにひどく気に入られている。なにせ、幽世かくりよ発生用術式が組み込まれた石、殺生石せっしょうせきはクー子のアイデアを元に作られている。現在、殺生石せっしょうせき天拵あまぞん売り上げランキング一位だ。そんなものを、正二位の分際で開発しておいて気に入られない道理はないのである。


「そんだけ馬鹿でかい妖力に神通力。神にとっては、目の前の巨人見つけるようなもんやで!」


 と、言いつつも、蛭子ひるこはそれ以上の神通力を持っていた。それでも、戦闘は苦手に分類される神族。得意なのは、バックアップである。


「クー子様、そんなにお強いのですか?」


 みゃーこは改めて、クー子の偉大さを知る。


「この子、ほんまハチャメチャや! 本気でやって、おっちゃんと五分やろなぁ……」


 そう、正一位は本当に規格外。クー子はなんでたけ神族ではないのだと首を傾げられる程度には戦闘が得意だ。蛭子ひるこは、それと五分と見積もった。得意分野が違っても、蛭子ひるこならば普通は正二位では勝ち目がいない。


「あれ? 前回七分って言ってませんでしたか?」


 そう、二十年以上前の前回は蛭子ひるこはそう言っていた。


「クー子ちゃん、堪忍よ! 神通力増えてもうとるやんけ! コマ育てた影響やろ?」


 勝率が変化したのは、クー子が成長したせいである。みゃーこを育てた。強く優しい神になって欲しい、そんなエゴから必死に考えた。愛情の与え方、寛大な育て方、絶対に許してはいけないこと。それらを考えることによって、道を進んだのだ。

 一方、妖力は少し減っている。何かを渇望する欲深さの大部分が、なくなったのだ。クー子の妖力は現在、親離れしないで欲しいという思いが産んでいるものがほとんどだ。


「この、クー子様が強くなられていたのですか!?」


 みゃーこにとっては理不尽極まりないほどの強さだ。当然、なにせ中津国最強だ。


「せやで! ほんま、化物や!」


 蛭子ひるこはそう言って、笑った。

 クー子の強さは、洒落では済まないのである。


「あはは……」


 戦闘能力は、それなりに闘う稲荷神族では、ステータスの一種だ。クー子は、褒められて照れくさかった。


「ところで、そっちのチビべっぴんちゃん! もしかして、おっちゃん、顔怖い?」


 ずっと、クー子の後ろに隠れている渡芽わためが、蛭子ひるこは少しショックだった。

 しゃがんで、目線を合わせるも、恐怖のゆらぎがあって傷ついた。


「人間……」


 そう、蛭子ひるこは人間のようにしか見えない神である。福耳の極みだが、肌色で人間として解釈できてしまう。


「もしかして、人間怖いんか? ほな、おっちゃんも怖いわな。したっけ、ええもんあげるさかい。ゆるしたってや!」


 そう言うと、蛭子ひるこは立ち上がって、小槌をどこからともなく取り出す。


「わたあめホイ! りんご飴ホイ! チョコバナナホイ!」


 小槌からはどんどんと、蛭子ひるこが口にしたものが出てくる。そして、それをどんどん手元に貯めていく。


「あの、そろそろ止めてください!」


 あまり出されすぎると、天之楽市あめのらくいちを回る楽しみがなくなってしまう。だから、クー子は止めた。

 蛭子ひるこが振るっていた小槌こそ、一級神器打ち出の小槌うちでのこづちである。


「おっちゃん、まだ詫び足りひんのやけど……」


 本当に、太っ腹すぎて困る神である。お詫びは、かこつけだ。別に何もなくても、大量にくれるのである。


「いえ、本当にもう十分ですから!」


 その証拠に、渡芽わためはもう怖がっていなかった。なにせ、人間にはそんなことが出来るわけないのだ。十分な人外アピールが完了したのである。


「ほな、とりあえず、三人でわけたってや!」


 そう言って、蛭子ひるこは手に持ったそれをクー子達に押し付けてきた。


「ありがとうございます……」


 断るわけにもいかないのが、下級神の辛いところである。だが、この量なら問題はなかった。問題は……。


「ヒルコちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい! あそれ!」


 これが無限ループするのだ……。

 クー子の心が悲鳴をあげたところで、ぼふんと煙が吹き荒れた。


「クソデブ大明神いい加減にしろおおおおおおおおお!」


 そして、その煙の中で、黒い水干を着た男が綺麗な飛び回し蹴りを、蛭子命の顔に決めたのである。


「ふべっ!!??」


 蛭子ひるこは吹っ飛んだ。


「主神けっちゃっったああああああああ!?」


 クー子は、驚いた。


「どなた様!!!???」


 みゃーこは訊ねた。


「……!?」


 渡芽わためは何か言っておくべきとは思いつつ、なんにも思いつかなかった。


「クー子様お逃げください! 持ちきれないほどお土産持たされる前に!」


 煙が晴れると、そこに髭を生やした平安人が佇んでいた。


「ありがとう、道真みちざね君!」


 クー子はそう言って、二人を抱えて逃げたのである。

 蹴りを入れた彼は、菅原道真すがわらのみじざね。三大怨霊に数えられている通称天神様である。だが、怨霊というのはそれは全くの濡れ衣である。彼を祀れと言ったのは、神である。菅原道真すがわらのみちざねを、崇徳すとくから救うのに必要だったのだ。日本を愛しすぎて、地縛霊のようになってしまっていた。それが、なまじ力を持つものだから、崇徳すとくが取り込もうとしたのである。

 道真の怨霊とされているのは、全て崇徳すとくがやったことだ。

 尚、彼は、蛭子ひるこの元コマである。

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