第53話・天使

 第三席、ここは悩めるコマ達の相談所として機能している。

 神々が奥で、悩みを聞いてくれる部屋を開いている。


「こんにちは、佐久夜さくや様!」

 そして、クー子挨拶をした彼女たちこそ戦闘が極めて苦手な神族である。

 神族は妖力と神通力の両方を持っている。そして、この木花このはな神族の神通力は、加護を与えることに特化しているのだ。


「あ、クー子ちゃん! 久しぶりだねぇ! あ、そうそう。レリが会いたがってたよ!」


 その、受付が木花之佐久夜毘売このはなさくやひめ

 ここには、クー子の完全に同期な神がいる。レリと呼ばれているように、日本での名を持たない神である。むしろ、天使だ。


「どの部屋ですか?」


 レリはクー子の友人の一人だ。玉藻前たまものまえもクー子は友人と思っている。だが、彼女の場合歳下だからといつまでも敬語をやめてくれない。だから、レリの対等な感じがとても嬉しいのである。


「六番目だよー!」


 佐久夜毘売さくやひめはおっとり系ママ女神である。ママ女神は非常に多い。


「じゃあ、ちょっと会ってきますね!」


 クー子はそう言って、奥にある部屋に向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 六番目の部屋。そこには、改造された水干すいかんを着た天使がいた。彼女は正二位、天使の階級に当てはめると智天使に該当する。つまり羽が四枚、ごってごてである。


「やっほー! あれ? レリちゃん、普段の服は?」


 天使としての役目が主であるため、彼女の普段の服はギリシャ風である。


「あれ、すぐはだけるの……。もう、これ着てられるだけで日本に移住したいよ……」


 だが、稼げるからヴァチカンを拠点としている彼女。愚痴を言いつつも、もう少し頑張るつもりではある。木花このはな神族の活動資金を潤沢にしたいのだ。


「あー、そっかそっか。天使も大変だね……」


 そんな目的も知っているから、クー子は内心で頑張り屋と、友人を評価した。


「ところで、後ろの子はクー子のコマ?」


 みゃーこと渡芽わためは、邪魔にならないようにと考えて無口でいた。渡芽わために関しては、少し佐久夜毘売さくやひめが怖かったという理由もある。なにせ、完全に人間の姿だったから。


満野狐みやこにございます!」


 興味を向けられては、黙ってるわけにいかないと飛び出すみゃーこ。


「わため……」

 少しビクビクしながらも、みゃーこが自己紹介してしまったから、黙っていては顰蹙ひんしゅくを買うと思った渡芽わため


「怖がらなくていいよ。レリちゃん天使だから。ほら、よく見て、羽生えてる!」


 後ろの壁が漆喰しっくいだから白くて見えにくいのだと思って、クー子は言った。


「触ってみる? 狐とは別ジャンルのもふもふだよー!」


 レリは察した、渡芽わためは人間嫌いなのだと。だから、全力で人外アピールをした。

 もふもふジャンルとしては、鳥系である。また、この神族は母性を持て余しているため、子供に非常に親切だ。むしろ、投棄先を常に探している。


「生えてる!?」


 背中を見せたレリのびっくりした渡芽。四対の純白の羽が、美しい背中を彩っていた。


「触らせてもらおっか?」


 クー子は渡芽わために提案してみた。


「ん……」


 恐る恐る手を伸ばす渡芽わため。触れると、それはまた天上の羽毛だった。

 天上にいるのだ。天上の……と表現されてしかるべきものしかない。ここは、キリスト教ではHeavenヘヴンと呼ばれている、高天ヶ原たかまがはら幣文へいぶん郷だ。


「ふふっ、渡芽わためちゃん。もっとガッツリ来て! じゃないとくすぐったい!」


 と、レリが言うので、渡芽わためはレリを見てみる。

 すると、彼女の頭上には、天使定番の光る輪が浮いていた。


「てんし……」


 服装以外の全ての情報が、渡芽にレリの正体を訴えていた。


「うん、レリエルだよ! 子供を守る天使なんだよ!」


 エノク書に記されているレリエルは、全て彼女の伝承だ。高天ヶ原たかまがはらには、こんな神族すらいるのである。


「ねぇレリちゃん。せっかくだから、この子達に予言くれない? 報酬ははずむよ!」


 クー子は言った。木花このはな神族では、コマという概念の方が曖昧だ。だから、コマとは子供のことであると思っている。よって、子ども予言を与える力は、コマにも適応される。


「報酬はいらねぇ、とっときな!」


 無駄に格好をつけたレリ。そして、水晶を取り出して予言を始める。


「まず、みゃーこちゃんからね!」


 レリに指名されて、みゃーこは前に出た。


「はい!」

「ふむふむ……あーすっごいねぇ。従一位になったみゃーこちゃんが見えるよ。あ、渡芽わためちゃんも見える。見切れてるの、クー子ちゃんの手かな?」


 レリの予言は子供やコマが中心だ。よって、大人や神は見切れたり霞んだりする。

 神になっても接点が保持される可能性に、クー子は胸をなで下ろした。


「ずっと一緒なのですね!」


 みゃーこも、それが少し嬉しかった。


「それじゃあ、次渡芽わためちゃん!」


 いろんな視点を持てば、それだけはっきりと未来が見える。コマに予言をするのは、神にとっても利が大きい。


「ん!」


 渡芽は人間ではない彼女に、すっかり安心していた。


「えっと……矛だね。渡芽わためちゃんの神器は矛みたい。それも、すごいやつ。2級以上は確定だね。その先は……あ、ケテルの奥!? 真ん中に座ってる」


 ケテルの奥。それは今、素戔嗚すさのおが絶賛ライブ中の場所である。


「おぉー! じゃあ、素戔嗚すさのお様とかとも仲良くなれるのかな?」


 もう一つだけ、可能性があるが、そっちはまさかだ。だから、クー子は考えもしなかった。


素戔嗚すさのお様?」


 渡芽は訪ねた。そういえば、クー子は名前を教えていなかった。


「ほら、奥で歌ってる人!」


 と、クー子が渡芽わためにもわかるように言い換える。

 厳格さなんて欠片もない、そんな人である。


「おぉー!」


 渡芽わためは将来が楽しみになった。あの賑やかな人と仲良くなれるのは、期待が持てる。


「でも、悪魔風のコスプレやめてほしいなぁ……。人間に見られたスキャンダルだよ……」


 レリにとって、高天ヶ原たかまがはらでの最大の悩みはそれである。

 素戔嗚すさのおは、ロックンローラーになってから、悪魔風のコスプレがお気に入りだ。

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