第52話・子の剣

 クー子は金屋子かなやこから強奪した剣を観察しがら、上を目指す。あの状況で金屋子神が差し出したものである。彼女自身の手元に有る中では優秀な作品であるとは、宇迦之御魂うかのみたまの言葉である。


「あ、これ、ヒヒイロカネだ……」


 ヒヒイロカネの神器、それは神通力の受け皿として強力だ。よって本来は、大量の神通力を受けながら鍛えられ、それを蓄積して2級以上になる。


「クー子様、なぜ普通に手に入れることができてしまったのですか?」


 2級の神器は正一位の主神のみが、所有権を決定できる。

 基本的に、神器の力は、三つの要素から決定される。一つ、神通力の保有量。二つ、伝承により外部から供給される神通力の量。三つ、腐食耐性。

 ヒヒイロカネの神器は、ヒヒイロカネと言う伝承を受けている。そして、お祓いに使う塩に対して腐食耐性をもっている。


「うーん……全然神通力が宿ってない感じ。5級神器に分類されると思う。どうして天目あまのめ様はこれを渡したんだろう……」


 クー子の観察した限りでは、そうとしか思えなかった。

 本来、ヒヒイロカネならば大量の神通力まで宿って2級を超えるはず。だから、不思議で仕方なかった。


「みたい……」


 渡芽わためは、ヒヒイロカネというものを見たことがなかった。なにせそれは、現し世にほぼ存在しない合金である。

 だが、刃は潰されたかのようで。通常の武器としての価値すら低い。


「みゃーこ、いい?」


 何故か急に話を振られて、みゃーこは困惑した。


「どうして、満野狐みやこに訊ねるのです?」


 その答えは、クー子が今回神器を手に入れる動機に由来していた。


「みゃーこの神器にするつもりなの。ヒヒイロカネだし、持っておくだけでもいいかなって」


 ヒヒイロカネには、それだけの価値が有る。2級以上の神器の全てが、ヒヒイロカネ製だ。


「なるほど! では、構いませんよ!」


 と、みゃーこは快諾した。

 稲荷神族では、基本的にそんなことを断る者は居ない。見られても減るものではない。ヒヒイロカネなら、刀身に触られても錆びることもない。


「それじゃ、はいクルム」


 クー子は、渡芽わためにその神器を渡した。指を切ってしまう心配もないから。

 第4の階層、ケセドの横まで来た。そこは、アイドルのライブ会場のような雰囲気である。なにせ、そこにいるのは綿津見わだつみ神族。かのマダムキラー、上津綿津見もそこにいる。

 さすがにクー子はコマを連れてその人だかりをかき分ける勇気はなかった。


綿津見わだつみ様達は、後にしようか……」


 クー子はそう言って、さらに上を目指した。多分、二人にとって面白いものもないだろうとも思ったから。


「はい!」


 みゃーこは答えて、クー子に続く。


「ゆらゆら……」


 渡芽わためは、ついてきてはいるものの、剣に夢中のようだった。ゆらゆらとして見えるのは、ヒヒイロカネの特徴である。


「前見ないと危ないよー!」


 クー子はそう言いつつ、渡芽わためをしっかり見る。


「は、ごめんなさい……」


 渡芽は、気づいて剣を鞘に戻す。

 一応はしっかりと見て、渡芽を守るつもりだったクー子は役目を失った。


「見た……ありがとう!」


 渡芽わためはその剣を、みゃーこに渡した。


「いえいえ。しかし、やはりヒヒイロカネは綺麗ですね!」


 みゃーこは既に見ている、ヒヒイロカネの神器を。それは布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ、見せたのは宇迦之御魂うかのみたまである。2級の神器の中でも最上位に近いもの。金屋子かなやこからもらった剣より、優れたものである。


「でもなぁ……それだと頼りない気がするなぁ……」


 クー子にとって、それはもはや見掛け倒し。そんなものを、渡されたのが不思議で仕方が無かった。


「おぉ!」


 みゃーこは、急に声を上げた。


「どうしたの?」


 クー子は、立ち止まって振り返るも変化は何もなかった。


「これ、今、神通力をかなり注いでおります!」


 みゃーこは、今の状況を説明した。

 だが、変化がないことがすごかったのである。

 普通は光る。だが、光らないということは、それが発散されていない。内部に溜まっているのだ。


「え!? ちょっと貸して!」

「はい!」


 クー子は、みゃーこから借り受けた剣にゆっくりと神通力を注ぐ。そして、クー子は神通力の半分を注ぎ込んでしまった。


「これ、尋常じゃないかも……」


 それは、空の器だったのだ。まだ、何も変化していない。


「クー子様、ものすごい量を注ぎませんでしたか?」


 近くにいて、術師としても実力を保有しているみゃーこは気づいた。馬鹿げた神通力が注がれたことを。そして、その剣が僅かに変化したことを。


「うん……。耐えてるだけじゃない、少しづつ宿ってる神通力が増えて行ってる」


 クー子にとって、それはもはや正体不明の剣だった。

 神通力を注ぐと、それを一旦内部に貯蔵する。そして、それが剣に何らかの変化をもたらしている。そうでなければ、神通力は減っていくはずだ。


「何か、とんでもないものな気が」


 みゃーこの推察は正しかった。

 これは、評価がされなかっただけの、怪物だったのだ。


「とりあえず、見せかけ用じゃなくて、しばらく使ってみようか!」


 クー子はまだこの剣に余力を感じていた。正一位の全力ですら受け止める気がしたのだ。


「そうですね。様子を観察せねば……」


 宿る神通力が衰えるのか、そのままなのか。それを見極めなくてはいけなかったのである。

 クー子達は再び歩き始め、そして第三の席、ビナーにたどり着いた。もちろん、ビナーというのはカバラでの名前。日本では単純に第三席と呼ばれる。

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