第51話・高天ヶ原の狂乱

 宇迦之御魂うかのみたまの座っている場所は、第六位の席である。カバラではそこは、ティファレトと呼ばれている。

 第一位の席ケテル、大国主が座るそこも、階段の奥に見える。そして、さらに奥まで……。


「YO! 盛り上がっていこうぜ! 今日の一曲目! 露喜ろき★Rocky! 聞いてくれ!」


 この例大祭で最も羽目を外すのは、そのケテルの奥の神である。彼こそ、素戔嗚尊すさのおのみこと。アグレッシブ隠居じじいである。

 彼は、普段は根の国に居る。そして、神在月かみありづきにのみ高天ヶ原たかまがはらに帰ってくるのだ。


 そんな彼は、北欧ではロキと呼ばれている。デーン人が初めて彼を目撃したのが、今回のようなコンサートを始めた瞬間だったから。

 露喜ろきシリーズ。ふざけて思える題名だが、内容が極めて真面目だったりする。朝露に喜ぶことから一日を始めよう。そんな歌であり、それのロックンロールアレンジが露喜ろき★Rockyである。


「YEAAAAAAAAAAAAA!」


 彼の神族、建速たけはや神族が拳を振り上げる。尚、全員仮装している。


「行くぞ! 1,2,3!!」


 歌が始まると共に、神族一同踊り狂った。こんな姿を見せられれば、混沌とした遊びの神を思い浮かべるだろう。


「賑やか!」


 渡芽わためは、それに興味を示した。

 なにせ、もともと人間型なのに、全然人間に見えない神々である。現代、すっかりロックンローラーなパリピ集団なのだ。

 渡芽わための恐怖は人間。それっぽくなければ、逆に怖くない。それがどう見ても悪魔のような姿であっても……。


「なんというか、とても羽目を外されますね……」


 みゃーこは少し引いていた。なにせ、羽目のはずし方が常軌を逸している。


「普段は根の国から中津国なかつくに※現世のことを守ってくださってるからね……。ストレス溜まってるんだと思う……。あ、でも話してみるとすごく優しいよ!」


 素戔嗚すさのお建速たけはや神族は、他人を見たら勝手に友人認定してくるタイプのパリピである。

 そして、そのどんちゃん騒ぎも、祭りらしいから放置してしまう。神族自体が、若干パリピ寄りかもしれない。


「上行こ!」


 改めてクー子が言う。閣僚的な神々の席は、階段状に設置されている。上に行けば行くほど、位の高い神が居る。そして、最も賑わうのは上から二番目だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クー子達は、とりあえず一つ上を訪れた。ここにも用事があったのだ。


天拵あまぞんの手数料がかかってない神器だぞ! 3級もあるぞ! 一発ヤらしてくれたらタダにしてやってもいいぞ!」


 こんなセールスだが、それをやっているのは女神だ。彼女は、男性のふりをしている。


「みゃーこ、クルムの耳塞いでて……」

「はい、クー子様!」


 これから行う交渉は、渡芽わためにはまだ早い。よって、渡芽わためには聞かせないようにして、クー子はその神に近づいた。


天目あまのめ様こんにちは! 今夜お伺いしましょうか?」


 クー子が言った。これが、最も彼女に特攻のある値切りなのだ。そんなことをしているクー子はもちろん、悪人の笑みを浮かべていた。


「あの……俺、主神なんだけど?」


 詰め寄られた、彼女は既に顔を赤くしつつある。


「知ってます。ですので、下級神としてお慰めさせていただこうかと……ね? カナちゃん様」


 歌うように、甘い声でクー子は囁いた。宇迦之御魂うかのみたまが教えてくれたのだ。彼女の本名は伊斯許理度売命いしこりどめのみこと。押しているうちは強いが、押されると非常に弱い神であると。その弱い一面を出すのには、女性らしさを含む金屋子かなやこと呼びかけるのが効果的である。異名がやたらと多い神である。


「あの……えっと……」


 金屋子かなやこは、目線をそらした。陥落は近かった。


「よそ見をされては傷つきます。私では、魅力不足でございましょうか?」


 頬に手を添えて、顔を強引に合わせる。そうとは言わせないと言う、圧力をかけながら。


「ゆ……許ひてくらはい」


 金屋子神は百合豚である。女の子は女の子と恋愛すべきと思ってるタイプである。別に男性が嫌いなわけではない。だが、NLを許容しない。よって、非処女が嫌いなのだ。

 あと、自分に自信がない。鍛冶をやっているから、自分は筋肉ダルマなのだと思っている。顔もすす汚れて汚いと。だから、男であると言う仮面をかぶっている。


「怒ってるとお思いですか? 私、可愛らしいあなたを手折りたいだけです……」


 クー子は囁く。吐息を耳に触れさせながら。


「らめ……ゆるひて! こえ、あげるかりゃあああああああああ!」


 とうとう限界を超えて、金屋子かなやこは逃げ出した。自分にとって最も価値のある剣を押し付けて。それは、現代人が尊死するときと似た反応である。剣は、スパチャに似たものだった。

 クー子には、なぜこうなるのか全くわからなかった。だが、宇迦之御魂うかのみたまの言うとおりだったのだ。


「本当にタダで手に入っちゃった……」

 ポカンとするクー子。

 扉に隠れて金屋子かなやこは壮絶ににやけていた。結局、Win-Winなのである。


「やっべぇ……稲荷神族やっべぇ……」


 金屋子かなやこの心臓は、まだ高鳴っていた。

 神々は常々思っている、金屋子神はいつになれば自分も美しい女神であることを自覚するのかと……。

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