黄金の黄昏

神坐開き

第50話・神遊び

 神無月かんなづき……神在月例大祭かみありづきれいたいさい。上の祭り、中の祭り、下の祭り、その三つに分かれて神々が集まる。どの祭りに、どの神が来るのかは高天ヶ原たかまがはらによって決められる。基本的に、前の年に会えなかった神と会うことが多い。言ってしまえば、神々の社交界である。

 クー子は久しぶりに、この神在月例大祭かみありづきれいたいさいに参加を表明した。みゃーこをコマとしてから、初めての参加である。


吾狛あがこまぞや、我に道を乞ふこう、先を進みて、歩いて通さぬや……」


 最初から座っているのはそれぞれの神族の主神。彼らは、待っているのだ。自分が育てた神が、前を通るのを。

 主神たちの歌、それを現代語訳するならこうなる。“私の狛、道が知りたいなら私が前を歩いて通らせましょう”。

 クー子は、渡芽とみゃーこを連れて歩く。主神たちが並ぶ、花道を。

 それは、歩きであり、踊りである。吾狛という、神に特有の神楽である。


吾神ぞや私の神様導かれてあたらしくなれはべりき導かれて立派になりました次ぞ、我が通さぬや次は私が案内人ですね……」


 クー子が歌う、育ててくれた神への感謝の歌。次は自分が道先案内人となる、そんな歌を、舞いながら、神楽鈴を鳴らしながら。


「「吾神あがかみぞや、いつかめざましくなりてみせむ……」」


 今、コマとして育てられている者たちの歌。みゃーこと渡芽わための歌。“私の神様へ、いつか立派に育ってみせます”。そんな、歌である。


うつくしかわいい吾狛ぞや私の狛とこしへにずっと巣立たず居たまへ巣立たないでいてほしい我がそばに私のそばに……」


 最後にクー子の返しの歌がうたわれる。この、最後の歌は、コマの態度によって変わる歌だった。


「あはは、二人はあんたと大違いかい!?」


 ここまでは、オープニングセレモニーのようなもの。祭りは、ここからである。


「だって、二人ともすぐ行っちゃいそうなんですもん!」


 クー子は口を尖らせた。クー子が歌ったのは、頑張り屋のコマに贈る歌だ。“可愛い私の狛、どうかずっと巣立たないで欲しい”。そんな歌である。

 コマ離れできていないから、もうちょっと怠けて欲しい。一般的に、そういう建前で頑張りすぎと受け取られる歌である。だが、クー子の場合、本当にコマ離れできていないのだ。

 そうは言っても、思い通りにならないのがコマというもの。神々の共通認識である。


「いやぁ、二人とも立派に舞えてたからね! クー子がそっちを歌うのもよくわかるよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまは、そう言って笑った。

 特に渡芽わためは、熱心に練習をしていた。プロテインを飲みながら。

 プロテインとは、要するにタンパク質サプリメントである。加えてクー子の食事でしっかりとそれが吸収される栄養管理がされていた。だから、一見すると華奢な少女である。だが、インナーマッスルは発達していて、それに伴って運動神経が抜群になっていた。今の渡芽わためは、隠れマッチョなのだ。


「頑張った!」


 フンスと鼻息を吐く渡芽わため


「見て取れるよ! たくさん練習したんだね! 肉もついて、すっかり美人になったじゃないか! 嬉しいね!」


 渡芽わためは、肉もついてと宇迦之御魂うかのみたまが言うとき、一瞬だけ不安げな表情をした。その辺、やはり少女だ。太ることに忌避感きひかんを抱いている。

 一方相手は神々だ、しもぶくれのおかめ顔を美人と思う感性も持ち合わせている。ついでに現代美人の理解している。だが、やせすぎはダメだ。すぐに太らせにかかるような文化である。


「むふー!」


 褒められてすっかり上機嫌の渡芽わた、え。それが、稲荷の神々にとっては本当に可愛いことこの上なかった。


満野狐みやこ、あんたは人化がものすごく上達したじゃないか! どこぞのお嬢様かと思ったよ!」


 みゃーこもみゃーこで成長している。それが嬉しくて寂しいのが、神々である。


「お嬢様でございますよ! 由緒正しき、稲荷の神族です!」


 お嬢様といのはあながち間違いではない。宇迦之御魂うかのみたまは叩き上げのエリートである。稲荷神族の神階の平均も高い。


「そうだった! 自分がお偉いだって、忘れてたよ!」


 高天ヶ原たかまがはらの内閣閣僚のような立ち位置が、偉くないわけがないのである。

 葛の葉くずのはが見れば、これもしっかりポンコツ宇迦之御魂うかのみたまの一部に見えただろう。だが、観測者が変われば、受け取る情報も変わる。クー子は、親しみやすさを出してくれているのだと思った。


 本当は、宇迦之御魂うかのみたまは忘れていただけである。偉いこと、堅苦しいことは、宇迦之御魂うかのみたまを含めた日本在住神族全員が疲れると思っている。どんちゃんお祭り騒ぎが大好きなのが、彼らだ。


「さ、みんな遊んでおいで! 例大祭は無礼講ぶれいこうだから!」


 そして、宇迦之御魂うかのみたまも、これから遊ぶ。普段は会えない神々と。

 同時多発的に、自分の主神との挨拶を終えた神々が、遊びの場へと解き放たれた。

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