第49話・黄金

 陽が、油揚げを買ってきたのは午後五時。五千円で、買えるだけの植物性タンパク質とプロテインを買ってきた。

 そして、午後六時現在、その陽を含めて食卓を囲んでいる。

 恐れ多い気持ちも陽にはあったが、神に招かれたのだ。平安人の側面を持つ陽が断れようはずもなかった。


「なに? 昼、食ってねーの?」


 陽の言葉遣いや態度は上品ではない。だが、基本的に親切な人間である。それは、クー子の代わりに買い物を引き受けたことで、みゃーこと渡芽わためにも認識された。ただし、渡芽わためにとっては親切な人間はやはりいるはずがなくて、だから稲荷なのだと理解した。


「はい、それどころではなかったのです……」


 みゃーこは答えた。なにせ、本当にクー子にとっては戦場に赴くようなものだったのである。


「あー。ぶっちゃけ恐れ多いんだが、ガキが居るんだから三食きっちりしようぜ!」


 否、陽の言葉遣いは下品である。子供のことはガキと呼ぶし、神に対してもこの物言いである。

 だが、態度でわかる。こんな温かみのあるガキ呼びは、陽以外ではありえないのだ。

 言葉遣いが悪くなったのは、ギャルという存在を新鮮に思い憧れたことに起因している。


「うぅ、面目次第もない……」


 クー子は一切の反論ができず、耳をペタンと倒した。これに関しては、誰もクー子を擁護ようごできないだろう……。


「油揚げ!」


 元気づけようと、渡芽わためは油揚げを差し出す。


「ありがとう、クルム」

 そう言って、クー子は渡芽わためを撫でた。

 それは、油揚げをただ七輪で焼いて薬味の青ネギをかけただけ。だが、これは美味である。香ばしく、醤油をかければ、酒のお供も米のお供もそつなくこなす。そして、狐の大好物だ。


「それよりも、陽様はやはり稲荷だったではありませんか……」


 そう言いながら、みゃーこが油揚げに箸を伸ばした。


「あーえー」


 陽は答えに迷った。今、耳と尻尾を生やしているのは、純粋な人間が神と直接会うのはマズイと思ったからである。


「あ、陽ちゃん、別の神族!」


 クー子は目配せをしながら言った。現人神として、神族入り寸前だ。もうすぐ嘘から出た真である。


「むふー!」


 油揚げを口に運んで、それどころではなくなるみゃーこ。


「あ、美味しい?」


 クー子が尋ねると、みゃーこはこくこくと必死に頷いた。


「てかさ、クルムちゃんでいいん?」


 陽が渡芽わために話しかける。


「あだ名、クルム。名前、渡芽!」


 耳が狐なため、怖がらずに済んでいる渡芽わためは、胸を張って答えた。


「ん? 名前とあだ名が関係なくね?」


 陽にしてみれば当然の疑問だった。


「えっとね、渡芽わためって言うのが、みゃーこの名前の候補だったんだよ。だから、仮の名前だったんだけど気に入ってくれてね。クルムは包むにかんなぎ渡芽わためのためだけの名前。そっちも気に入ってくれたから、あだ名にしたんだ」


 クー子はややこしい事情を、苦笑いしながら説明した。


「いいねぇ……愛だねぇ……」


 そんな話に、陽は弱かった。人がいいだけに、涙腺が脆いのである。


「てか、クルムちゃん可愛くなったじゃん!」


 若干太って、不健康さが消えた。それを、本人を喜ばせる言葉で表現したつもりである。


「ん?」


 渡芽わためはピンと来ていない。


「陽ちゃんと私でクルムを助けたんだよー!」


 その時に、渡芽わための意識がなかったのだ。


「ありがとう!」


 渡芽わためはそう言って、破顔はがん※笑うことした。経緯を理解したのだ。助けてくれた恩人、そして今褒めてくれた人。渡芽わためは陽が大好きになった。


「連れて帰っていい?」


 陽は真顔でクー子に訊ねる。


「陽ちゃんは、クルムを育てるための最大のチャンスを既に失ってるんだよ」


 悪い顔でクー子は答えた。今更連れて行かれるなんて冗談じゃない。渡芽わためが望んでも、本音では離したくないのである。


「しくったぁあああ!」


 なんだかんだアイドル扱いをされる、渡芽わためであった。


「ふふふ、満野狐みやこも渡す気は毛頭ございません!」


 そこで、みゃーこは地雷を踏み抜く。


「じゃ、みゃーこ連れて帰るわ!」


 陽の前世も加えた年齢よりも下、そして小さくて可愛い。狛狐感が、みゃーこを守っているだけである。


「それもダメ! 代わりにいつでも来ていいよ!」


 クー子にとっては、どちらも絶対に手を離したくない相手である。


「そういえば、満野狐みやこはもうすぐ神になります! そしたら、神社の場所もお教えしますね!」


 それならばクー子も納得だ。だが、陽はその言葉に問題を感じた。


「その頃には俺、おばちゃんだろうな……」


 神のもうすぐは、人間にとって全然すぐではないのだ。

 こうして、クー子達は念願の油揚げを手に入れた。そんな、くだらない物語である……。


――――――――

 ご挨拶


 平素より大変お世話になっております。

 今回は本作をご覧下さり、心より感謝申し上げます。


 本作品はこれにて、第一部完となります。続編、もちろんご用意いたしております。少々お待ち頂ければ、そのまま続編も公開されてまいりますので、どうぞそのまま続けてお楽しみください。


 本作品は、カクヨムコンテスト参加作品です。

 もし、皆様の中に少しでも、キャラクターイラストや漫画媒体でのクー子を見てみたいと思われる方がいらっしゃいましたら★とフォローをよろしくお願いします!


 受賞の暁には、人の姿や狐の姿、どちらの稲荷の神々も描かれることでしょう。

 作者も、絵師様に平身低頭頼み込む所存です。

 どうぞ、ご協力をお願いいたします!


 次のお話は、少々登場人物の多い物語となったため、キャラクター紹介とさせていただきます。

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